2013年10月18日金曜日

国際オオカミ会議


 オオカミが日本にいないために、日本では記事にもされないことかもしれない。日本は自国にないもので、関わりが今までほとんどない場合、そのことには関心を示さないという国柄で、他の国に比べてこの特性は特に強いと思う。

Duluth, Minnesota


2013年10月10日から4日間、ミネソタ州ダラスで国際オオカミ会議が開かれた。
僕は最後の一日だけ参加をした。

 オオカミがいまでも日本にいたなら、その日本のオオカミ研究者も日本と海外に当然いるわけで、この動物は間違いなく日本の生態系に重要な役割を果たし続けていたことだろう。もしそうであったなら、今回の国際オオカミ会議で、日本の研究者や組織団体が参加し、もっと日本でも盛り上がったことと思う。ぼくはこの現状を、過ぎ去ったこととして捉えてはいない。


 今回の国際オオカミ会議で、専門家たちが特に注目していたのは、ヨーロッパのオオカミ事情についてだったように思う。そのほか、参加者はやはり米国の方それも中西部から来ている人たちが多かったためか、アイルロイヤル島のオオカミと、ミネソタとウィスコンシンのオオカミをテーマにしたプレゼンに、人々は多く集まっていた。

    最後のIUCNのオオカミ専門家たちの会議を傍聴したが、メキシコでのオオカミ再導入問題よりも、ヨーロッパでのオオカミ管理についての方策を練ることの方が、委員たちの関心を示していたということは、僕にとっては意外だった。これにはもちろん様々な見方がある。メキシコは隣国で、IUCNの方針さえ定まっていれば、具体的にアメリカとメキシコだけで話し合っていけばよいわけで、比較的そういった時間は他で取れる。しかし、今回ほどの大きな国際会議は4年に一度も開かれないので、ヨーロッパの専門家たちと、アメリカ、メキシコを含めた直接の話し合いでは、どうしてもヨーロッパの問題に偏ってしまうのも無理はないかもしれない。

 しかし、ひとつの絶滅した種を補うために、ふたたび近い種を生態系に導入するというテーマよりも、隣り合う国同士がオオカミをどのように、統一した意志を持って管理していくか、というテーマの方が重要視されていたという事実を鑑みると、IUCNという大きな組織自体が、まだ未熟な機関であるというイメージが強かった。

 いずれにせよ、今回の参加は僕にとって非常に有意義だった。オオカミ研究の最高権力者であるデビッド・メッチとルイージ・ボイターニも間近で話を聞くことができた。直接話がしたかったが、実際に彼らの様子と話を聞いていて、僕が話をできる状況にないことはすぐにわかった。かれら研究者を見ることで、オオカミの現状が少しつかめるというのは、すごいことだと思う。今回の参加で、世界のオオカミ事情が漠然と把握することができた。この感覚は、次回プリンスウェールズ島でレイモンドと話をするときにも、必ず持っていなければならない感覚である。










2013年10月16日水曜日

動物撮影時の被写界深度(DOF)についてのメモ


 動物撮影において、被写界深度の予測は必要な技術となる。

 屋外で、たとえばヘラジカを撮影するとき、ニコンD300(APS-C)、400mmのレンズを使用時、ヘラジカは約10メートルの距離にいると仮定する。f5.6, 400mm で撮影する際に、果たして被写界深度は何センチメートルになるか。そして、なぜこんなことを計算する必要があるのか。


上の条件でピントが合う広さは、たったの14センチメートル

 上の条件で得られる値は、14センチメートル。従って、f5.6では、目にピントを合わせたときに、ヘラジカの顔がややカメラの方を向いているだけで、ヘラジカの鼻はピントから外れる。鼻先がピントから外れたヘラジカのポートレートの写真は、きれいには描写されない。ハイレベルでの写真の仕上がりを意識する場合、絶対にさけて通れないのが、この被写界深度の正確な予測である。

 上の条件のとき、計算をしていなければ、鼻にピントが合っていないとは気づかず、撮り直すということをおそらくしない。現像する段階で気がつくという結果になる。ある程度の数値が頭に入っていれば、20メートルの位置までヘラジカから離れて、55センチメートルの被写界深度を得るか。ただし、言うまでもないが、画面内のヘラジカの顔が占める割合は4分の1になる。実際的な場合は、このとき、15メートルくらいの位置まで離れて、f8にすると、44センチメートルの被写界深度を得られるので、そうすることになるだろう。ただし、このとき注意することは、被写界深度の幅の手前から三分の一のところにフォーカスが合うということ。すなわち、44センチメートルの被写界深度のとき、手前から14.5センチメートルのところがピントを実際に合わせるフォーカスポイントとなる。大人のヘラジカの目と鼻の距離は、だいたい35センチメートルなので、鼻から15センチメートルほど離れたところにピントを合わせる必要があるということ。これで、この被写界深度の手前15センチほどにある鼻先と、後方30センチメートル以内にある目にもピントが合うということ。


 ちなみに10メートルの距離にまで近づける動物は、ヘラジカのほか、ドールシープやシロイワヤギなどの偶蹄類で、この被写界深度は特に、動物に近づくときに注意を要する。そして、近づいて撮るというときは、たいていポートレート写真だろう。

その他、例えばニコンD300、300mmのレンズで20メートルの近さ、f2.8で撮影するときは、被写界深度は、50センチメートルを確保できるので、顔全体に加えて、角があればそれもフォーカスに入れることができる、という計算ができる。



この被写界深度は、自分で計算しようとすると大変なので、こちらのサイトが活用できる。http://www.dofmaster.com/dofjs.html


自分のカメラボディと、使うレンズの長さ(Focal length)と、絞り値(Selected f-stop)それと被写体とカメラの距離(Subject distance)を入力すれば、被写界深度は自動的に算出される。



プリンス・ウェールズ島での日記 21


7月12日
島に入って22日目

 頭を切り替えて、帰る準備をしなければならない。今日は午前10時にキャンプ場にタクシーが迎えにくる。アラスカのひとつの島のキャンプ場に、タクシーを呼ぶというと聞こえは変かもしれないけれど、自転車で港まで、全ての荷物を持っていける距離ではない。移動手段はこれしかないのだ。

 明日の朝には港を出て、ケチカンの町へ戻る。ケチカンは人口1万3000人ほどの町だが、ひと月ぶりに、やっと人の住むところへ戻るという気分だ。

 今回の旅は、次ぎにくるための下地はできた。最低限の目的も達成した。しかし、やはりオオカミをこの目で見ることができなかったのは、とても残念だ。


プリンス・ウェールズ島での日記 20


7月11日 
島に入って21日目

 今日も湿地帯を中心に歩いてみたが、オオカミに遭遇することはなかった。レイモンドと一緒に行った、アクティブサイトの西側、Open muskeg と、会話中にでてきた「H」の形をした湖のあたりだ。この湖の中央部には、渡り鳥が休憩できるようなスペースがあり、他の場所ではあまり見られない、険しい岩場も存在する。この岩の下を利用して、動物が巣穴を造っていたが、痕跡からみてもどの動物なのか推測することはできなかった。レイモンドに写真を送って聞いてみよう。

2013年10月7日月曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 19


7月10日 
島に入って20日目

 今日は、この島の滞在で一番の収穫の日になった。なんと、オオカミの巣を発見した。

 レイモンドにある程度場所は予想させてもらっていたので、自分で見つけきったとは言えないが、オオカミの巣をこの目で見た。本物の、この島で一番勢力の強いHonker Divide Pack の居城である。それは、想像していた以上に大きく、ひとつの生態系の頂点に立つ哺乳類が、群れで住むに適した立地の条件のように思えた。具体的にどういうことかと言うと、まず、枯渇することの無い水源が、巣から30メートルのところにあり、その周囲は、この群れのためだけに作られた庭園のように、仔たちが遊ぶに十分な広さの開けたスペースがあり、巣の周囲はオープンキャノピーだが、ブルーベリーやアルダー(ハンノキ?)などの低木によって覆われていて安全である。いわゆるこのスペースが、この群れにとっての本当のランデブーサイトである。

 巣の中心は小高い丘にあり、数本のシトカスプルースの根本に掘られ、アルファメスが、安全に出産できる、広さ一坪くらいで、深さ40センチくらいの空間がある。いま目の前にあるこの巣穴で、アルファメスは今年も仔を産み、育てたのだ。この中心の巣穴は左右にも出入り口があり、ひとつ穴ではない。また、この穴から3メートル以内に、他の群れのメンバーが入り込める穴が3、4つある。この巣穴のエリアは、先ほどのランデブーサイトよりも10メートルは高い位置にあり、群れのメンバーが、出かけているメンバーと遠吠えによるコミュニケーションで合図を取り合う、ハウリングをする場所としても十分に満足いくようなところである。僕は、オオカミのこの、ハウリングするときに、少しでも高いところに登ってするという行動がとても好きだ。

 巣の外観はそんなところだが、マクロな視点で見る、巣のロケーションとしても、無意味にここに巣をかまえたわけではなさそうだ。地図を広げてみると、人間が利用する、道路、林道、キャビンなどが散在するが、この巣の位置は、興味深いことに、どの方角にあるこれらの施設からも、ほぼ等距離にあり、5kmは離れているのだ。そんな理由で、僕がここにたどり着くのが困難であったのだが、大きなオオカミの群れは、やはり人間を避け、深い自然の内部へと入っていかなければならないのだ。

 オオカミを見ることはできなかったものの、僕はここまでたどり着いた。着想から5年が経つ。今回のプロジェクトは、実質行動できるのが明日のみとなり、あさっての12日には港へ行き、ケチカンの町に戻る。自分がオオカミという動物に非常な興味を持ち、願わくばそんな自然と関わって仕事がしたいと考えた、21才の図書館でのことを思い出した。様々な意味を含めて、これからのこのウェールズ島でのプロジェクトは、僕にとって重要なものになる。



プリンス・ウェールズ島での日記 18



7月9日 
島に入って19日目

 レイモンドは、約束の時間を5分過ぎた頃に、笑顔でやってきた。コーヒーを片手に、パークレンジャーの制服を着て、似合わないビジネスバッグを持っていた。このバッグの中にパソコンがあり、すべてのオオカミ研究資料とデータが入っていることを僕は知っている。

 レイモンドは自分の車をフィールド調査にも使っていて、なかは調査用の道具でいっぱいだ。ピックアップトラックだが、荷台には罠で捉えたオオカミの検体を運ぶための箱が積んである。かなり大きい。車内には、ラジオ信号を発信し、キャッチする道具とアンテナがある。今日はまずこのアンテナを使って、オオカミの居場所を突止めようということだ。オオカミ側にはラジオカラーといって、信号に反応する首輪が着いている。これは一度捉えられ、レイモンドによってラジオカラーを付けられた個体ということになる。この個体は、実は研究中もっとも興味深い個体として、レイモンドが注目している。

 この個体を仮に、チェルシーと名付けよう。チェルシーはメスで、今年仔を4頭産んでいる。ふつうオオカミは、子育てを群れで行うということで知られている。しかし興味深い点は、チェルシーが一人で子育てをしているというのだ。これは自然の摂理の例外で、このようなことが実際にはよく起こっているから面白い。チェルシーは仔が小さいときも、仔を巣穴にのこし、一人で狩り出かけていっていたそうだ。たまに父親と思われるオスが姿を現し、エサをおいて去ってくのだそうだが、本当に時折で、仔が成長していけるだけのものは運んで来ない。こんな状態で、チェルシーは2頭餓死させてしまった。

 車を走らせること15分、僕の滞在しているキャンプ場に、知り合いの研究者が研究生を連れて滞在中だということで、オオカミ調査に参加するようだ。レイモンドの知り合いの、このスティーブという学者は、齧歯類研究の中では大変有名な、小型哺乳類の足跡研究(Small animal track research)の権威だそうだ。いまはニューメキシコ大学からはるばるアラスカまで来ている。この研究室の学生3名が同行した。

 母親オオカミチェルシーの巣を尋ねた。想像していたオオカミの巣よりも、ずいぶん小振りだ。それもこの小さな母と仔だけの群れのためだろう。レイモンドはしきりにアンテナを様々な方向へ向け、信号を受け取ろうとしているが、反応はない。3日前まではこの付近をうろついていたそうだが、今は近くにいないということだけがわかる。

 学生たちも、初めは興味深そうにオオカミの巣を眺めていたが、オオカミそのものが見られないのだとわかると、急に残念そうにしていた。レイモンドと僕は、このあとHonker Divide Pack のテリトリーへ入っていく予定だが、その他の学生たちは、往復17、8kmの調査だと聞いて、彼らのベースキャンプへ戻ると決めた。

 レイモンドと僕は、結局この日、オオカミを確認することはできなかった。往復18キロ、7時間ほどの調査。調査と言っても目的の場所に、レイモンドが無人カメラを設置する仕事に、僕が同行したというかたち。この時期は、レイモンドによると、今年生まれた
仔たちはずいぶん育っていて、たいていの群れが、巣からはなれて行動範囲を広げているため、目撃するのは難しい時期だと言っている。やはり、設定したスケジュールでは、遅かったのだろうか。。。

 調査同行中には、レイモンドがオオカミを良く見かけるという場所へ連れて行ってくれた。そこは、僕が予想していた鬱蒼とした森の中ではなく、オープンマスケグ(Open muskeg)という湖沼地帯であった。水分が多く、土壌がスポンジのように柔らかすぎるために、大きな木が育たない。成長しても倒れてしまうらしく、実際枯れた倒木も所々見受けられた。このような少し開けた見晴らしの良いところで、オオカミは昼の間よくくつろいでいることがあると言う。僕が見つけたオオカミの痕跡や、子鹿の死骸もこのような地帯の近くであったことを思い出した。オオカミがシカを狩るのも、森の中よりもオープンマスケグでの方が多いそうだ。この地域一体を歩いていると、確かにシカを頻繁に見る。シカも地面に生えたやわらかい草が食べやすいのだろう。このプリンスウェールズ島の森林分布地図というものもあって、それを見ると、黄色く色分けされているエリアが、このマスケグエリアを示している。

 今日見られなかったからと言って、残りの3日間をあきらめるわけにはいかない。。。確実にオオカミのテリトリーの中心には近づいている。それにしても、巣を見つけるということがここまで大変だとは思わなかった。まだまだ歩き回らなければならない。ここで見つけられずに、来年また訪れて見つけられるとは限らない。 















プリンス・ウェールズ島での日記 17


7月8日 
島に入って18日目

 久しぶりに朝から強い雨が降っている。霧雨のように しとしと と降り続けるのは南東アラスカらしいと感じる。しかし、時折強くなり、テントの上のブルーシートに音を立てて落ちはじめれば、僕は外へ出たくなくなる。今日は休日と決めていたので、テントでゆっくり過ごすつもりだが、雨のせいで湿度が高く、本やその他の書類、ペーパータオル、衣類など全てが水分を吸収し、体もべたつく。気温は15度くらいだから、暑さは無い。
 
 さて、きのう歩いたときに見つけたのは、オオカミがテリトリーの中心に示す(Sent post としての)糞、たくさんの足跡、ランデブーサイトと思われるところを2カ所、それから新鮮なWolf kill (今回は仔ジカ)だった。今までで一日としては、最も多くの痕跡を見つけたことになる。これは、やはりオオカミの巣の近くを歩いた結果だろう。

 途中3つの、巣らしき穴を発見したが、どれもタテ:35センチ、ヨコ:25センチくらいのオオカミの巣穴としては小さいものであった。さらに、それが巣であるなら、今年使っていることになるので、もっと周囲にアクティブで新鮮な痕跡が見つかるだろう。これらは、素人から見てもオオカミのものではないと判断できた。おそらくマーティンのものだろう。結局きのうも巣を見つけることはできなかった。

 明日、ついにレイモンドとオオカミ調査に出かける。巣の位置は教えてくれないだろうけれど、ここで得られる情報は、大変貴重なものとなるだろう。その他、できる限りの質問をし、今後に役立てたい。しかし、なんとしてもオオカミをこの目で見たい。そして願わくば、写真を撮ることができれば、今回の撮影行は成功となり、次回からのプロジェクトのモチベーションともなろう。







プリンス・ウェールズ島での日記 16


7月7日 
島に入って17日目

ひどく疲れた。Honker Divide Pack は間違いなく僕から避けた。

朝6時に出発して、19時30分にキャンプに戻った。途中、5分休憩を4、5回とった以外、ひたすら歩き続けた。Honker Divide Pack のさまざまな痕跡を見つけることに成功した。続きは明日書くことにしよう。

2013年10月6日日曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 15



7月6日 
島に入って16日目

 ひとつ別のルートを発見した。地図を見続けること2時間。Honker Divide Pack のテリトリーの中心への、より近いルートをみつけた。このように、地図をよく眺めることは、撮影行には欠かせない。事前の島へ出かける前にアンカレッジでもよく地図を見ていたのだが、実際に現地に到着してから眺めるのとでは、予測の深さが違う。そのため撮影行の途中時間があれば、できるだけ周辺環境を把握するよう努める。とくにはじめての場所での場合はなおさらだ。

 実は2日前、レイモンドにあったときにHonker Divide Pack についての詳細を尋ねた。そのときに巣の一を大まかに指差したので、これを見逃さなかった。研究書の内容とは異なり、今年、Honker Divide Pack は、なんと原生林の中に巣をかまえていない。レイモンドの人差し指は、ちいさな湖の辺りで円を描いた。...池から100メートル以内として、ビーバーの巣がまずこの池にはあるだろうな。僕の頭の中は研究書で固められていた。


プリンス・ウェールズ島での日記 14


7月5日 
島に入って15日目

今日は、独立記念日と週末の間の平日なので、クレイグの町にある、公共の図書館が開いているはずだった。そのため、キャンプ場からクレイグまでタクシーにして、帰りは4時間の自転車の旅とした。ことは全てスムーズに済ませることができた。図書館は予想どおり開いていて、メールチェックができ、銀行口座の確認、食糧調達、洗濯にシャワーを浴びることもできた。こんな日常の雑事が、撮影の行程中はふつうできない。

 帰りはじめるのが17時を回ってしまったため、自転車での帰りを少し急ぐ必要があった。途中、80年代に切られた山や、今もアラスカでいちばんの木材産出を誇っている木材工場、Viking Lumber. Co. で写真を撮った。

 町までのタクシーは、またデールさん(ここの島の面積は広くても、いかに発展途上で人口が少ないかわかる)。またいろんな話をした。彼がこの島に来た88年以降、携わった道路工事では、山を上から削り、爆発物を使って山を破壊し、道路をつくった。主要な町と町を結ぶ時、途中にある自然を少なからず破壊するのは、残念だが当たり前のことである。「おかげで今では、スムーズに他の町へ移動ができる。」デールさんは、仕事で北のコフマンコーブと言う港町へよく出かけるので、とても楽になったのだろう。彼は現在の州知事、ショーンパーネルを讃えている。前回知事のサラペイリンに比べ、ローカル産業の活性化に力を注ぎ、この島での雇用増進も進めている。TLMP(Tongass Land Management Plan)というトンガス国有林での森林管理規定を更新し、新たに林業に力を入れる。林業に力を入れるというのは、言い方を変えれば、森を破壊することを進めていくということ。このデールさんの意見は、とても興味深かった。

 自分がこれから行おうとしていることは、部外者にして「島の発展=デールさんたち町の人の、豊かな暮らし」を抑制する動きをするということ。

 この質問は、来週レイモンドに会うときにもしてみようと思う。おそらく立場がちがので、明らかに180度違う答えが予想できるが、答える内容に興味がある。



2013年10月3日木曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 13


7月4日 
島に入って14日目

 時に考えや思いなどは、高まると、自分のそのときの意思とは無関係に作用するときがあると時折感じることがある。すでにそういうことになる以前に、そのアイデアとなるものは、細分化され、煮詰められ、十分に熟成されていることを条件に発生する。
 なぜかこういうことは、一夜漬けのアイデアではうまく行かず、言葉にしても、伝える側がいる場合に、その言葉は相手の根底にまでたどり着かない。きのう僕が夢中で話し始めた時、アイデアの材料となる論文は、すべて頭の中にあり、それを自分の言葉として話していた。「22個あるオオカミの巣は、すべてオールドグロースにある。Honker Divide のテリトリーの中心にはその主要な森林帯が無いが、一体彼らはどこに巣をかまえているのか。」
 レイモンドは、おそらくオオカミ研究者と話をしていた感覚だったろうと思う。とても具体的な話をした。後半は話が発展して、日本にオオカミが棲息を再開することになる場合、この島のオオカミたちが、日本の生態系に適合するのではないかとか、トラップの方法は改良されて、毛をサンプルとしているが、これはオオカミが通り過ぎたり、地中に埋めてあるトラップを掘り出したときに、毛や皮膚がトラップに残るようになっていて、あとでDNA鑑定により同定するなどの、詳しい研究方法まで話が及んだ。そして僕は、「Do I have a chance to go to the field with you? (あなた方と一緒にフィールドに出かけることは可能だろうか?)」とたずねていた。レイモンドは快く返事をしてくれた。そしてすぐにスケジューリングしてくれて、当日同伴するであろう人と電話で話をしていた。


プリンス・ウェールズ島での日記 12


7月3日 
島に入って13日目

朝5時に起き、長い一日であった。キャビン最終日であったため、荷物を片付け、北のベースキャンプまで戻る必要があった。その行程は5時間。森、川、ログジャムのなかを歩くのはさすがにしんどい。キャビン滞在のときのオオカミ調査とは違い、湖の右の岸(東)を歩くのだが、多少Wolf kill と思われる、オグロジカの骨は散在するものの、これと言って明確なサインは見当たらない。やはり左岸(西側)がアクティブエリアであるのは間違いなさそうだ。そんな調べをすすめながら黙々と歩いた。来るときよりも食糧分の重量が軽くなっていて、結局は1.5時間ほど早く、ベースキャンプへ到着した。7日間もテントを放置したのははじめてだったが、動物があらしたあとも、誰かが来ていじくり回したあとも見られず安心した。このところ天気もよく、ほとんどの日には雨がぱらつくものの、8日間のうち、5日は晴れだったと言って良い。これは南東アラスカにおいては珍しいことだろう。

 ブッシュについた朝露でびしょ濡れになった服を着替え、軽食をとり、顔を荒いひげを剃った。7日ぶりだったので、とてもさっぱりした。疲れていたが、これにより気分を変えて、すぐに移動の準備をした。タクシーがここから3kmのところに午後1時に来ることになっている。

 タクシードライバーのデールさんは、今日は息子さんと奥さんを乗せている。僕をピックアップする前に、コフマンコーブの町で仕事をした帰りらしい。僕は今回の旅で、特にこの島での移動や情報収集の不便さに困惑していたので、生活のことや町の人の話などをした。

 この7日間でオオカミの決定的なものを写真におさえることができなかったので、どうしても Thornebay の町にあるレンジャーステーションへ行く必要があった。何かしら手がかりを得られるかもしれない可能性に賭けた。オフィスに到着したのが午後2時20分、あと10分で今日は閉まるところだった。

 本当に運河よかったとしか言いようが無いが、このオフィスに、僕が研究していた論文、「アレキサンダー諸島のオオカミ」を書いた人物のフィールドパートナーがいた。フィールドパートナーとは、論文研究をデスクでする人の補佐役で、実際に野外に出て調査に当たる人のことで、研究者よりも、このフィールドパートナーのほうが、実際の動物の生態には詳しかったりする。そのフィールドワーカーの名前は、レイモンド。ナショナルフォレスト(USDA Forest Service)の職員だ。彼は論文の著者、David Person とともにこの島のオオカミを研究している。彼は、もとはマーティンのトラップを仕掛け、その個体数調査などをしていたのだが、そのトラップ技術の高さが認められ、オオカミのためのトラップに力を注いでくれという依頼があり、それ以降、オオカミ研究に従事している。年齢は35くらい。もともとオオカミに興味があったわけではないが、関わり、勉強していく中で、これほど生態系に重要な役割を果たす生物は他にいないと確信したという。いまでは、このプリンスウェールズのオオカミの重要性を、共同研究によって証明し、人々に伝えたいという思いで仕事をしている。
 
 このような経緯を知り、僕は夢中になって話を始めていた。気付いたら2時間が経っていて、7月9日に8:30amから一緒にオオカミ調査に行こうということになっていた。



 


プリンス・ウェールズ島での日記 11


7月2日 
島に入って12日目

 湖の南側半分の左岸を調べて歩いた。興味深かったのは、キャビンのちょうど対岸辺りから、南側の湖岸沿いには、オオカミの痕跡が一切見当たらないこと。少なくとも糞や毛であれば、1年から2年、シカの骨となれば10年くらいは残りそうなものだが、全く見つからないということは、この近辺がオオカミのhabitat use ではないと考えられる。

 早くもキャビン滞在最終日の前日となった。。この一週間のうち、湖を中心に歩き回ったが、オオカミの巣を見つけることはできなかった。ただし、オオカミの遠吠えを聞き、オオカミの生活の痕跡を見て、この付近にオオカミが棲息していることを確認した。2013年のこの夏は、僕にとってプリンスウェールズ島研究の初めの年に過ぎないのかもしれない。このあと、もう一週間、島での滞在が残っているので、引き続きオオカミ情報を追ってみる。


プリンス・ウェールズ島での日記 10


7月1日 
島に入って11日目

 結果から言えば、オオカミのテリトリーの広さを思い知らされた、というのみ。川沿いに歩いてみると、Wolf kill や、休憩所などが至る所で見つかり、この意味では、僕が歩いた川沿いは、テリトリーのエッジの部分であるという見方もできる。ここを手がかりに巣を突止めるのは、やり方を慎重に検討しなおす必要がありそうだ。

プリンス・ウェールズ島での日記 9


6月30日 
島に入って10日目

 今日は昨日見つけたランデブーサイトから陸側、つまり山の方へ調べを進めた。プリンスウィリアム森林マップによると、このランデブーサイトは原生林内、しかもクローズドキャノピー(樹冠が覆われて空が見えず、直射日光も注がない森林帯)にある。ここから北側の川沿いのエリアと、すこしseral forest (まだ原生林までに遷移していない森)をはさんで西側の原生林がある。

 この夏の時期はオグロジカは、大きく分けて2つのグループに分かれる。決して彼らは群れるわけではないが、標高の高いところへ移動するタイプと、標高が低いが水源に近いエリアを徘徊するタイプとがある。

 今日歩いたエリアは、標高で言うと湖が2mのところから、250mほどの、この辺り一帯ではかなりの勾配のある斜面のところを登った。けもの道を調べてみると、ほとんどがオグロジカのもので、オオカミの足跡やサインは特に見つからなかった。夕暮れにもう一カ所、湖の対岸を調べてみよう。


 これは僕の予想にすぎないが、このHonker Divide の群れは、かなり極端に水源を好むのではないかと思った。それというのも、ランデブーサイトは湖岸にあり、23日にもこの北の川沿いに休憩する場所があったからだ。遠吠えを聞いたときも湖からさほど離れていないところだった。これらのことが、感覚的に僕には、湖岸にすむオオカミ群と思えてならなかった。今日山側から調べを進めたのも、これを確かめるためであり、山側にはオオカミの痕跡は一切見られなかった。夕暮れに歩いた湖岸沿いには、ランデブーサイトから200m、400mあたりにWolf kill (オオカミに仕留められ、食べられたシカなどの獲物の残骸)が見つかり、この考えを一層強くした。明日に向かうランデブーサイト北側の川沿い周辺で、よりアクティブなサインが見つかることを期待する。







プリンス・ウェールズ島での日記 8


6月29日 
島に入って9日目

 今日はRendezvous site (ランデブー・サイト)かその痕跡であった場所を見つけた。学者のIan McAllister によれば、ランデブーサイトは巣から300m以内にあり、たいていのパックにおいて、子育てシーズン(4−7月下旬)は巣とこのサイトを行き来するという。この学者も、アレキサンダーオオカミと近種のカナダコースタルオオカミの研究をしており、このプリンスウイリアムのオオカミに近い生態をもつと考えられている。23日にも一カ所、ランデブーサイトとは言えないが、オオカミが確実に休憩したであろう場所を見つけた。そこは今日の場所から1kmほど離れたところにある。この場所も、David Person の研究書によれば、Honker Divide Pack のテリトリー内であるため、この二カ所の周辺を探っていこうと思う。

プリンス・ウェールズ島での日記 7



6月28日 
島に入って8日目

この湖には、多くの渡り鳥も飛来してくるようだ。昨晩、ハシグロアビを撮り、今日はカワアイサの親子を遠くに見た。また、警戒心の強いオオハム(Red-throated loon)もみかける。

 今日のエクスカージョンは、地図上の原生林を求めて歩いたが、そこは既にオールドグロース(原生林)ではなく、オオカミが巣を作るような場所ではなかった。
 ところで現在購入できる、アメリカの地図は、そのほとんどが1950年前後に作られており、60年も経つ。等高線にほとんど変化は無いものの、水域、森林地帯が色分けされたものは、ほとんど役に立たないと考えていい。たとえば、小川にビーバーが巣を作り、ダムを造りはじめると、瞬く間にその周囲の地形や植生は変化する。

 疲れがいつもに比べて残るのは、キャビンの中にいながら、熟睡できないためだろう。蚊が多いことと、日が長く24時でもうっすら明るいのが原因かと思われる。
 一カ所、今日動物が休憩しそうな場所を見つけた。そこら周辺はまず間違いなくシカの毛が落ちていて、彼らがどっかり腰を落ち着けるような場所ではあったかが、念のため、ミシン糸トラップを仕掛けた。このトラップは、目的とする動物により作りかえる必要がある。その特定の動物が通ると、ミシン糸が落ちる仕組みになっていて、とてもシンプルなものだが、僕はまだこのトラップは素人同然である。

プリンス・ウェールズ島での日記 6



6月27日 
島に入って7日目

 このキャビンでの目的は、
①オオカミの存在を確認すること。
②オオカミを撮ること。
③オオカミの巣を見つけること。

これらを達成するための行動計画をたててみた。

4:00 起床 skiff ボートで湖の中央へ行き、湖岸全体を監視する。湖に出てきたところを確認できるかもしれないからだ。
これを6:30までおこなう。
7:00 朝食
8:00 巣やオオカミの痕跡を見つけるための調査
11:30 昼食(午前の調査が、少し遠いところへ出かける場合は、行動食)
16:00 キャビンで行動範囲と結果の記録、夕食準備と明日の準備
18:00 夕食
19:00 湖岸全体の監視
21:00 キャビンへ戻り、読書、考察。23:00までに就寝

 このような動きに設定するのも、オオカミが、まず朝方と夕暮れ時、他のどの夜行性の動物とも同じように、夜中の次に動きが活発になるからである。また、昼にオオカミが寝ていたり、休んだりして仔たちと遊んでいるようなときに、この6月下旬は、まだ巣の付近にいる可能性が高いため、巣を探すのは、朝夕よりも昼の方が良いと思われる。

 そして今日は、なんとオオカミの遠吠えを聞いた!

 今までではじめての経験だ。本当にここにはオオカミがいる。早くも目的のひとつを達成できた。オオカミの存在を確認した。
 8:30pm まずキャビンから東に、ちいさな丘が見える。そこあたりから、一頭が遠吠えをした。それに答えるかのようにして、すこし南の方角から別の一頭が吠え、それが何度か続いた。8:45pmにふたたび声を聞いたが、このときは東の丘から2、3頭で遠吠えをするのを聞いた。8:30pmの時点での合図は、比較的まだ時期は早いのだが、狩りのための招集の合図かもしれない。または、巣に戻ってくるよう呼びかける合図かもしれない。ただ、ここで僕は想像を膨らませることしかできなかった。



2013年10月2日水曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 5


6月26日 
島に入って6日目

 Honker cabin に到着できた。地図上で見ると、スタート地点からは直線距離にして5kmなのだが、鬱蒼と茂る藪や谷と川、また今回は特に倒木に行く手を阻まれ、結局午前9時に出発し、着いたのが午後4時。7時間もかかってしまった。背負う荷物の重量は30kg近くあり、これも疲れを倍にした。しかし、キャビンが見えたときは、やっとここで7日間オオカミの研究調査ができると思い、晴れた気分であった。

 この付近の木々は、シトカスプルース、西洋ツガ、レッドシダー(このThuja plicataはアラスカの本土にはない)、アラスカシダー(Chamaecyparis nootkatensis)これらがほとんどを占める。中でも原生林に入り、樹幹の直径が150cm以上ある木を見ると、そのほとんどが杉の仲間、つまりレッドシダーとアラスカシダーのようである。これらの木々はもちろん整列しているわけではない。あらゆる要素、地形、緯度、気候、方角、周囲の植物との相関関係により、人間には予測ができない、限りなく無秩序に近い秩序のもとに乱立している。

 しかし、長く歩いてみると、水と光ということをキーワードに、ある法則があるように思う。しかもこの水源が地表に露出しているところ、つまり湖、池、川、沼地の近くでは、スカンクキャベツやシダ類、そしてこれらはクローズドキャノピー(空が木々に覆われて閉じられており、直射日光が地面に注がない森林のこと)の中であり、光が極めて届きにくい、制限あるところで繁茂している。池や沼では、その水域の広さが広がるほど、その岸辺は必ず日が射し込むところとなり、スカンクキャベツやシダ類から、スゲ類にとってかわる。水源が地表に出ておらず、地下を流れる場合、その地表からの水源の深さと木々の高さは、必ずしも比例しているとは言えないが、少しの相関はありそうである。

 今日歩きを阻まれた低木類についても、少し記述しておく必要がある。この周辺のアンダーストーリーの薮には、いくつかのブルーベリーとrusty menzesia 、サーモンベリー、そしてハイキングのときにはとても厄介な、デビルズクラブ(ハリブキ)が存在する。このハリブキは、ちなみに、棘があるために触れられないにもかかわらず、倒木が多い斜面や、川岸で滑りやすそうな石の隙間から生えていることが多い。僕は何度かこれをつかんでしまったことがあるが、あまり思い出したくもない。このハリブキの樹皮は、とても滑りやすい。これを靴でかき分けて、踏み倒しながら進むしか他に方法がないときは、注意を要する。このことも、ハリブキが厄介な植物と言われている理由のひとつであろう。

 6月末現在のプリンスオブウェールズでは、アーリーブルーベリーは実をつけ始めていて、先端の方の、実が直径1cm以上あるものであれば、食べられるほどに熟している。このブルーベリーの薮は、歩いているととても邪魔になるのだが、途中の休憩につまんで頬張るととても疲れが癒された気分になる。そんなあとに、この木を見ると、あたかも手のひらの上に1粒の実をのせて、「どうぞ、お召し上がりください」と差し出しているように見えることがある。どうもこれは人間の都合の解釈だが、あちらも利益があるわけで、これもひとつの取り引きなのだと思うと、自然はとても面白い。