|
氷河のクレバスにて撮影 |
いま、氷河の勉強をしている。それはもっと氷河について知りたいという、単純な理由から。僕の活動のモチベーションのほとんどは、好奇心から来ている。
ところで、アラスカの氷河は一体いくつあるのだろう。
これは去年から漠然と思っていた疑念だ。政府観光局の話だと、その数は10万を超えるという。誰が数えたのか。
アラスカ州の土地の5%が氷に覆われているという大まかな情報は、アラスカではよく知られていることである。これは北海道(8万㎢)とほぼ同じ面積が、全て氷で覆われているのと同じである。ちなみに注意が必要なのだが、これは氷に覆われている面積であって、氷河の総面積ではない。面倒だが、氷床 (ice sheet)、氷冠 (ice cap)、氷河(glacier)、氷原 (ice field)、氷山 (iceberg)、氷塊 (ice gorge)、流氷 (drift ice)、の定義は全て異なる。。。では、数はどうなっているのだろうか。
調べを進めていくと、23,112という数字に行き着いた。このうち名前のついた氷河は585ある。これは2013年の報告書であったが、どうやらこの時点でアラスカには氷河が23,112あるということになっている。
(データ元:Climate Change 2013 - Physical Science Basis)
では、誰がどうやって調べたのか。
氷河というのは、山に溜まった大きな氷原から、いくつもの方向へ支流のように出ている。ちょうど手のひらを広げて、下にあるものを掴もうとした時の手の形で例えると、イメージしやすい。手のひらの部分が氷原で、それぞれ5本の指が氷河ということになる。そして今、氷河の数を考えているわけだが、ここでいう氷河の数は5本で、その面積を簡単に言えば、その指の付け根から指先までの事を言うので、ひとつの氷河の面積を測るときは、指一本の面積ということになる。大雑把ではあるが、これが、氷河を調べた本人アスター科学研究チーム (ASTER Science Team) がグリムス
GLIMS (Global Land Ice Measurement from Space) という研究プロジェクトで扱っている定義である。そして、このプロジェクトは、定義に従って衛星写真を解析し、氷河をアウトライン(氷の外側に線を引くこと)することで、氷河の数を数えている。
これによって2013年、アラスカには氷河が23,112あるとされた。しかし、データを追って調べてみると、この数は日進月歩で変化している。2014年にはこの数が、なんと26,944に増えている。
(The Randolph Glacier Inventory P544 ※報告書は違うが、データ元は上記研究機関と同様) 氷河は後退しているというのに、数が進歩しているというのは奇妙だ。しかもたった1年で 4,000 近くも増えている。
本題に入る。タイトルの「温暖化によって氷河の数が増える」とは、どういうことだろう。上述の研究機関の世界の氷河についての最新報告書に、以下の文面がある。
The number of outlines has increased to 211,181 and their total area
has decreased to 705,441 km2
つまり、
前回のデータ(氷河の数 約19万8千)から比較して、世界の氷河の数は21万くらいに増えて、総面積は70万㎢にまで縮小している、ということ。総面積は減っているが、確かに、氷河の数は増えている。しかも、アラスカだけの話ではなくて、世界で増えているということだ。これはどういうことだろう。
詳細はこちらの15ページ
ちなみに世界の氷河総面積について、上記のデータは2015年7月の報告書で、705441 km2 。2014年の報告書では、726,800 km2 と出ているので、わずか1年で 21,359 km2 もの氷河が消失したことになる。この異常さがわかるだろうか。四国より一回り大きいエリアが、氷河から陸地に変わっているということ。たった1年で。。。
|
様々な方向から来た氷河が合流している |
話を「氷河の数」に戻すと、研究プロジェクトのグリムス(GLIMS)の報告によれば、氷河の数は増えているということであった。読み進めると、タネが明かされた。
ここに最重要ポイントを記しておく。氷河は右の写真のように、いくつかの支流が合流して、一つの氷河になっている場合が多分にある。この場合では、氷河は一つとカウントされる。想像していただくとわかるだろう。温暖化によって氷河が溶けていくと、氷河の末端は、山の方へ退いていくことになる。二つの支流が合流する地点まで後退すると、二本の氷河ができ上がるのだ。イメージできない場合は、鉛筆で書いたYの字を下から消しゴムでゆっくり消していったときを考えればわかる。すぐに線が2本になる地点があるだろう。氷河の数が増えているというトリックはここにあった。ただし、この氷河の境界線を決める定義づけはまだ曖昧なままで、今後研究を進めていく中で確立する必要もあるようだ。
氷河の数を決めるのが如何に難しいかが、アラスカ大学の研究者の記事に書かれている。
How many Alaska glaciers? There's no easy answer.
ここまで氷河の数にフォーカスしておいて言いにくいが、実のところ氷河の「数」は重要ではない。今回の話しで言えば、氷河の数を数えるときは「どこからどこまでが一つの氷河なのか」という取り決めに縛られている。このような例は、氷の境界線の場合だけでない。例えば動物の生息域を考える時も同様だ。アラスカ州とカナダとの境界線近くにいるトナカイの数がその例で、「アラスカ州にはトナカイが90万頭いる」という情報は、アラスカ州においてハンティング規定を決めるときには有効でも、トナカイという生態そのものを研究していく中では意味をなさない。この場合、アラスカ州とカナダを含めた北米全体で、どのような個体群動態を示しているのかが重要になる。つまり、ほとんどの場合で言えることだが、人間が決めた境界線は、自然界では一つの流れの中に与するので、人間の都合以外では意味をなさない。
地球のことを考えたときに重要なのは、全史的な氷河の、その溶け出している量とスピードなのであって、ひいては「それを見てどう考え行動するか」なのだ。報告書のデータから、氷河の総量が急速に減っていることが明らかになった。さて、どうするか。