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2013年11月4日月曜日

Ely, Minnesota




Downtown Ely

ひとつの憧れの場所を訪れた。
僕は、だれか有名な人やプロに、習うことはあっても憧れるということは、まずない。



ジム・ブランデンバーグ ギャラリー

このブログを始めた2008年3月の記述の中に、ジム・ブランデンバーグという写真家についてのことを書いた。

このころからずっと憧れていた。なぜオオカミを自分の思うようにとることができるのか。どうしたらそんなに奇麗に撮れてしまうのか。。。5年経った今でも、僕の中でその半分以上は謎に包まれている。

ほかの写真家がどんな手法を使おうとも、誰にも負けないものが、この写真家にある。それは作中にかなりの訴求力を持って現れる、空気の美しさと色グラデーションである。

僕は、いまでもこの人の写真表現というのを参考にしている。この空気感というのは、 じつはジム・ブランデンバーグと一緒に撮影の現場に立っていたとしても、見ることはもちろんできない。かれの審美眼というフィルターを通さない限り見えてこない世界というのがあるのだ。


ギャラリーではとくに目新しいものもなく、驚きはなかった。
それよりも、ギャラリーがそこに存在している事実。そして次の朝、朝日がイーリーの町に差し込んだときに想った、この表現者の郷里に自分が立っているという事実。ここに、なにか奮い立たせられるものがあった。訪れた理由は、それで十分だった。








2013年6月14日金曜日

ものづくりの姿勢


緑に覆われる朝日とオジロジカ


 ある本を読んで、自分の辿っている方向性を考えさせられた。去年のことである。その本の著者は、ものを作る人間は、二つのどちらかの道があると言っており、

ひとつは、自分の思いを主体にして、つくりたいものをつくる生き方。自分の価値観や信念にしたがって、自分自身が満足いくものを追い求める。これは採算や生産は度外視することになる。

もうひとつは、自分を社会の一員として位置づけてものづくりをしていくという在り方。需要と供給を意識し、今自分は、何を求められているかを見据えた中に身を置く。これは何をするにも商業ベースで考えていくことになる。

どちらも、いいものをつくりたいという気持ちは同じで、要は、何に価値と意義を感じて生きていくかの違いだと言っている。このことは、僕が出会う写真家皆が意識していて、僕も知っていた。

果たして僕の考えはそのどちらかと言うと、前者であった。しかし残念なことに、自然写真というものを続けていく限り、また、自分の満足する物を追求していく限り、食べていけなければその活動は停滞することを、言葉ではなく実体験として経験している。だから、本当を言うと、この前者と後者の間で、合理的な解決策が見当たらず、3年ほど揺れ動いていたと言っていいかもしれない。(このような自分の中の、悟りに近い、深い決断には、合理的という言葉は無意味かもしれない・・・)

いまは考えが決まっており、バランスがとれつつある。食べていくために、全く違うことも並行して続けていくということは、自分の性分ではないので、なんとか自分の創作活動にもつながるお金の稼ぎ方をしている。

かんたんに分けると、上で言う前者としての撮影活動と、後者に当てる北方の自然を主体とした観光ガイド・撮影ツアー・写真の販売ということになる。

写真家の中には、完全に二者を分け、全く写真と関係ないことをして稼ぎ、時間と金をみつけては撮影に出かける者もいる。また、撮影にほとんどお金をかけないでも、身近に撮影対象を見つけ、立派な仕事をしている写真家もいる。

すべての道を、自分ひとつの体で歩いていくことはできない。自分のスタンスを固める必要があるのだ。僕は昨年そのことにようやく気がつき、あらためて活動を開始したという次第である。







2012年11月8日木曜日

写真アップ


今年の夏に撮影した写真をストックフォトのほうへアップロードしました。
一覧表示はこちらから

春から秋にかけて、今回はムースを主に追って、そのライフサイクルをとらえることを試みた。ひとつのテーマで、ヘラジカについて何かストーリーを作れないだろうか、そうのように考えながらの撮影行だった。

2012年10月1日月曜日

まとまりを作る


 フリップ・トッドは現在、アラスカ州でいちばん多くの仕事を手がける出版社の代表をしている。先日、たまたま彼が僕の写真を土産屋で見つけて、連絡をくれた。

写真集を作らないか、という誘いだった。

会う約束をメールでして、彼のオフィスまで出向く旨を伝えた。

そいえば、動物写真家の岩合光昭さんは、用件があるならそっちから来い、とナショナルジオグラフィックの編集者に言っていたのを何かの記事で読んだ。
そんなくだらないことを思い出しながら、2キロ先のオフィスへ向かった。

もちろん、売れることが確実な写真家であれば、出版社が写真集を製作するのは米国も同じ。
リスクの高い製作では、たぶん初めに自費制作を勧めるのだろう。

おそらく作れば売れる、自費制作の形になるのは仕方がないが、全面的にサポートはすると言ってくれた。

これは確かにチャンスだと思った。トッドの会社はアラスカ中と、アメリカ本土にも卸せる店とのコネクションがたくさんある。

ただ、この機会は、考える必要がある種類のチャンスだと直感した。


来月、シロクマ撮影に行く飛行機に、一席空きがある。
これは飛び乗る。

近所の森で、めずらしい山猫の親子が現れた。
これもすぐ車に飛び乗る。

ギャラリーに数枚写真を飾ってくれないかという誘い。
これもほぼ即答で、お願いしますと言う。

しかし、「写真集」という言葉は、僕にとっては重い。

意識し続けているものの、自分の中でまとめることができたことは、一度もない。
「アラスカ」というテーマでは、まだ写真が足りない。テーマをひとつに絞ってみても、
まだ写真が足りない。
要するに、自分の中で満足のいく、一連のまとまりという物を、所持していない。

今月から2ヶ月間で、考え、企画を提出する、という試みはしてみる。
もちろん本気でやらなければ、やってみたときに成果をきちんと評価できないから、
手を抜かずにやってみよう。

うまく行けば、来年の3月頃に出版される。無理なら今回は断る。






2012年4月24日火曜日

写真販売 - part 2 -

今年の冬のひとつの試みに、自分の写真がどれだけ売れるかということがあった。


以前にも記述したが、「売る」ということに関して固執はしたくない。あくまでもいいと思う写真を別の形で商品にして、みんなにアラスカを知ってもらうことと、自分の活動を知ってもらうということに焦点を当てたい。

しかし、写真家としてやる場合、いつまでたってもなんらかのアルバイトと並行して活動するのでは、自分のテーマがクリアに見えて来ない。

そんなことも考えていて、今回はフェアバンクス博物館で売られている写真とは別に、自分の写真で、利益を出してみようと試みた。

商品は、アラスカの特注切手、ポストカードセット、フォトカードの3種類。販売先を日本人観光客の訪れるお土産屋さんに絞った。
切手もアメリカから日本へ、旅の途中に送れる料金、$1.05に設定して作成した。また、冬のアラスカということもあって、オーロラの写真を使ったものをより多く作った。


結果として、ポストカード120枚、切手45枚、フォトカード21枚が売れた。
1ヶ月間の販売で、ひと月の食費分くらいの利益は出た。出だしとしては次につながるいいデータが出た。冬は、オーロラだけでいってもいいくらいだというのが感想だ。ただし、オーロラは自分が全面的に出していきたい写真とは大きく異なる、ということがひとつの問題となる。つぎはオーロラについては名無しで出そうかとも考えている。

今回は少数での発注だったため、商品ひとつあたりの原価は少し高くついたが、これをベースに夏期の見込みを作ってふたたびチャレンジする予定。
それにしても、またここで、売れる写真と自分が表に出していきたい写真の大きなギャップを感じたことも事実だった。



2011年11月19日土曜日

動物写真家、浅尾省五さん

先週、動物写真家の浅尾省五さんに会った。

浅尾さんは、日本の自然写真の歴史でいえば、第三世代にあたる方。岩合光昭さん、今森光彦さんや、星野道夫さんと同じ世代にあたる。また、浅尾さんは日本の動物写真の本流を築いた、田中光常さんの弟子を経験されている。浅尾さんは70年代に上京されてから、仕事上で田中光常さんと知り合い、2年間、彼のもとでアシスタントを務められた。その後は、交代で星野さんがアシスタントについている。星野さんの次の、前川貴行さんをふくめた3名ともが、同じことを述べていることは参考になる。

「田中光常さんのもとで働いた2年間は、ほとんど写真を撮ることができなかった。しかし、動物写真家がどういうものかを学んだ」


有楽町で浅尾さんと待ち合わせをしてカフェに入った。

現在浅尾さんは、一年の半分を海外での撮影に費やし、50代後半にして現役で世界を飛び回っている。しかし、このように写真の仕事だけでやって行けるようになったのは、10年前の2000年頃からとのこと。動物写真家の内山晟さんもおっしゃって「写真でやっていくのが、どれほど大変か」

浅尾さんは、田中光常さんのアシスタントを務められた後の20代後半から、アフリカで2年間写真を撮り続けるも、独立して継続していくことが大変で、その後は一般企業に就職し、二足のわらじで続ける道を選んだという。

「とにかく、継続して撮影できなくなったら終わり。」
確信した表情で語る。


浅尾さんからのアドバイスとしては、

「誰もやっていないことをやること」
「対象となる動物がいるところへ、できることなら住むこと」
「なにはともあれ、写真で勝負すること」

他にもホームページや雑誌の投稿についてもお話をもらったが、原田純夫さんのアドバイスと、かなり近い意見が多かったということも、とても参考になった。


浅尾さんとは今後、仕事を一緒にやれる機会をつくれるよう進めている。

2011年2月17日木曜日

写真販売






写真の販売契約成立。
フェアバンクスの大学博物館で来週より自分の写真を販売できることになった。知人に博物館のマネージャーを紹介してもらい自分の写真を紹介。いままで何枚もの写真を見て「売れる写真」を選んで来た人の反応はやはり厳しい。彼の本音は売れなければ置く価値がないこと。こちらの本音は一枚でも多く並べたいこと。1枚くらいは選んでくれないと困ると思いながら彼の目線を追っていた。結局10枚を販売用に包装し売り出すことになりそうだ。

写真は他で人がやっていない形での売り出しスタイル。ユニークなハガキで生写真が挿入できるようになっており、そのまま飾っておいてもいいよう二つ折りになっている。写真を入れるとちょうど白枠でフレーミングもされるので見栄えもいい。裏には自分のプロフィールと写真の説明を加え、メールアドレスを添えたウェブ予告も添付する予定。

現在のガイドの仕事が忙しくなる前に完成させたい。というのも僕の構想として、できるだけ多くの日本の人たちに自分の写真を見てもらいたいということがあり、17日からのJALのチャーターで3月半ばまでに3000人の人たちがこの博物館に訪れるからだ。他のガイド仲間や取引先にも協力的な方が多いのでツアー中の宣伝を促したい。

以下、販売写真のラインナップ










2010年12月16日木曜日

謙虚さ VS 達成感


岩瀬大輔という人の本をアマゾンで読んでいたときに、近頃写真について倦怠感のようなうやむやがたまっている原因がこれでわかった。
それはここ最近達成感を何も感じていないということだった。

いままであまりにもレベルの高いプロ写真家の作品を手本にして来たせいで、気付かぬうちに自分の作品と彼らのものを比較するようになっていた。経験もセンスも基本的な撮影技術レベルも違うプロの写真家と対等に比較などするものではない。自分のレベルを計る時にはいいだろうが、慢性的にそんなことをしていると、自分の写真に自信をなくすだけである。達成感も何もない。要するに、最近自分は浮き足立っていた。3段抜かしでプロの作品に並ぼうなど段を踏み外すだけだ。過信していたのかもしれない。正直、焦燥感もあった。そのせいで撮影後の画像処理も今見ると去年に比べて過度に行っているものが多い。自然写真が人工写真になっていく過程である。ごまかすつもりはなくても写真にはそれが現れるということを知った。

そんな焦燥感を落ち着かせてくれるのは自分にとっては本であった。普段写真以外の本では芸術に関するものや古典を読むことが多いのだが、久しぶりになにげなく自己啓発本を手にした。二十歳の頃これでもかという程読みあさったジャンルである。ここに自分を謙虚にする原点があった。謙虚さは自分を正しく評価する。本来の自分の性格に謙虚さが備わっていないことは自覚していたのだが、いままで自己啓発本によって自分の謙虚さを維持していたのだということは知らなかった。ここで学んだ重要なことは、謙虚さを取り戻すことで、地に足をつけた評価を自分に下し、小さいことにも達成感を覚える、ということ。達成感は自分の職業が生き物であるとするならばその餌に等しい。枯れれば飢えるし、摂りすぎれば肥える。そしてこの感覚を得るには謙虚である必要がある。

ときおり自己啓発本を読むことで自分へ謙虚さを備え付け、食べ物が自分の体の一部になると同じように、徐々にこれを自分のものにできれはいいと思っている。 つい先週ガイドをしたときのお客さんが言っていた。「人間万事塞翁が馬」とは中国の故事で、幸不幸は予想のできないことのたとえである。日々起こる出来事に一喜一憂することなく、幸福がいつ禍いになるかも、禍いがいつ幸福に転じるかもわからないのだから、甲の日も乙の日も落ち着いていられよ。ということである。謙虚さの根源はこのたとえにあるように感じた。
これは若者が思考し味得することではないけれど、謙虚さを自分のものにする上でときおりこのように反省してみることには価値がある。

2010年4月23日金曜日

大判出力

初めて写真の大判出力を行った。
内容は以下の通り。


プリントA1×2、A2×4計6枚
印刷用紙:半光沢紙
表面加工:ラミネート加工
仕上げ:木製パネル

合計44000円

4月のキャンペーン中で、印刷代が60%オフだったものの、大判での作品仕上げのコストが高く付くことを身をもって体験した。
また、Nikon D300 でのISO1600ではA2に引き延ばしただけでモアレが強く出ることがわかった。天候がくもりの状況下で、早く動くものを取る場合の措置として、ストロボが必要になってくる。
7月のザトウクジラの撮影地である南東アラスカは、ほとんど晴れのない気候。クジラに対してストロボを購入する必要があるのだろうか。



ともだち


先日都内のお店に集まって久しぶりに友達に会った。
本当に久しぶりな人からつい昨日会った人まで、来てくれた人全員という訳ではなかったけど、みんなで写真を撮った。
これからも自分の活動は、彼らに先ず伝えるようにしていきたい。

2010年2月27日土曜日

Alaska Tourism Show

今年4月12日、都内で「アラスカツアリズムショー」と題してアラスカの観光局と日本メディアとの交渉の場が設けられる。

内容はアラスカから各観光局の方が日本を訪問し、自分たちのツアーがいかにすばらしいかを日本メディアに伝えるというもの。そこで双方が契約を結ぶことが一番の目的である。

僕はそこでボランティアとして手伝うのだが、お金が出ない代わりにという理由から、僕の写真を紹介してアラスカをアピールできる機会を得た。 いまはそのための写真を編集・構成中だ。あくまでも、そこでは自分の写真ではなく、アラスカの自然を伝えるための編集が求められる。あとはそれに加えて、アマチュアのカメラマンでも、簡単に野生に近づき堪能することができるのだということをアピールしようとも考えている。

このようなチャンスを得たのもやはり人と人とのつながりからだった。発端はアラスカで借りていた部屋の家主で、お世話になっていたバイクレンタルのオーナーでもあるピーター。ピーターがこのイベントが4月日本で開かれることを先月知らせてくれて、ATIA(アラスカトラベルインダストリーアソシエーション)の人を紹介してくれた。その人が日本支部に連絡を入れ、打ち合わせの場を設けてくれた。打ち合わせの場ではアラスカ話で盛り上がり、ボランティアとして協力させてもらうことを快く承諾してくれた。完全なる部外者で一般の人間を通してくれた。自分のみでダイレクトにアタックしていたのではそう簡単に行くものではない。

今年の夏からはアラスカに移り住んでの生活が始まる。日本に戻ってきたときには、自分の写真を紹介して、多くの人に興味を持ってもらえるような活動をしていくことになりそうだが、そのファーストステップとして、今回のイベントではいい勉強をさせてもらえそうだ。


帰国して2ヶ月がたち、撮影からは遠ざかっていたが、次の撮影行のプランを練ったり、自分の写真を見てもらえる機会を探したり今後のための動きは続けていた。これらも写真家としての本当に重要な活動であるのだと実感している。
何はともあれ「活動をやめないこと」それが自分の初志を忘れないための一番大事なことだろう。

2010年1月21日木曜日

Untitled

ひと月ほど更新を怠っていたが、自分の中でようやくこの先の活動のスタンスがまとまってきたので、書き出してみることにする。
というのも、昨年12月に学生生活を終え、帰国し、これからどのような活動スタイルで写真を撮っていくべきなのかを考え倦ねていたからである。要するに、ここは自分にとってひとつの岐路であった。

簡潔に述べるなら、1年を通してみたとき、9ヶ月間バイトで収入を得て、3ヶ月撮影費に当てるというありふれたスタイルをとる。少なくとも3年はアラスカメインで撮り続けるだろうから、このような生活を続けながら、公募展に作品を提出していくだろう。それで作品展示の機会を得られれば望みどおりである。
運良く米国での労働の権利を得られるため、今年5月にはまたアラスカ入りする。アラスカで多くの撮影情報を得ておいたので、撮影にすぐ出かけられる素地が向こうにあるのは1年半滞在した功績だと言える。
また、学生ローンの返済もスタートし、アメリカに住み始めるとなると、やはり経済面で圧迫されることは間違いない。そこの最低ラインを守りつつ活動していくのだということを忘れるわけにはいかない。

いずれにせよ、僕の中で写真をやめるという選択肢はない。写真展入選のための写真をとろうとは思わないが、公募展をうまく使いながら、自分の作品を高めていくことを考える。今後は少し社会を意識しつつ、自分の発展のための写真応募を一つ、活動の軸としながら撮影をすすめていくことになりそうだ。



2009年12月9日水曜日

Final Portfolio

授業での最終ポートフォリオ





































2009年12月8日火曜日

Artist Statement

期末試験の週に入った。自分のすべきことはプレゼンの準備を徹底することだけ。写真はもちろん風景と動物の自然写真。なんとか自分の写真を共有してもらおうと、アーティストステートメント(芸術家としての大義名分みたいなもの)をつくってクラスメイトに配る予定だ。そうでもしなければ、今の状態で自分の言いたいことは、しゃべりだけでは伝わらない。

ステートメント
 写真撮影を通して、私は風景や動物のそれぞれが持つ特色を表現したいと考えている。それをする理由として、結果として人々の注意を自然へ向けることができるからである。最終的に、その人々に自然保護への貢献となる行動をはじめてもらえれば幸いである。したがって、その第一歩として、私は人々に写真を通して、自然や動物に興味を持ってもらうことから始める。
 そのために、私は現在写真を編集する際に、動物の機微、その場の空気感、対象物の臭いなどの実感覚を写真に含めようと、実験的な試みをしている。これが今回のポートフォリオの写真の中で色彩を強調したり、強いコントラストやシャープネスを使う理由である。(もちろん、誇張表現は避けなければならないが。)
 私が以前までに勉強してきた動物行動学、解剖学、生態学などが、自然の持つ特異点をとらえるための重要な要素となっていると信じている。これを考慮に入れたうえで、このポートフォリオは私がそれぞれの対象の特徴を強調し、その美しさを表現しようとした一つの実験結果となっている。


Artist Statement
When taking a photograph, I want to express the peculiarity of a place or an animal. My reason for doing this is so that I can bring nature to people’s attention. I hope, as a result, people start taking actions that contribute to the protection of nature. Thus, my first step is to make people become interested in nature and animals through my photographs.
To this end, I am empirically trying to put real feelings into my works, by such means as highlighting the subtleties of animals and the atmosphere of a place, and representing the smell of a subject, when retouching pictures. This is why I enhance color and use high contrast and sharpness in this portfolio (Of course, I have to avoid exaggerated expression).
I believe that my previous study of animal behavior, animal anatomy, and ecology are important factors in how I capture the peculiarities of natural scenes. Taking this into consideration, this portfolio is one of the results of my experiment where I attempt to emphasize a feature of each subject and express its beauty in each photograph.

 このステートメントを作る時、どうしても後付けになってしまうような部分が出てくるのが否めなかった。なぜなら、常に上述したようなことを考えながら撮影している訳ではないからだ。しかし、自分の脳裏にある部分をもっと掘り下げて、なぜ写真を撮るのかを考え続けていかなければならない。



2009年10月24日土曜日

クラスノート

今日の授業にナショナルジオグラフィックでエディターとして働いていた、Clark James Mishler がゲストで招かれた。理由はこのクラスの教師であるマイケルが彼のもとで数年働いたことがあることからだった。現在はアンカレッジを拠点としてフォトグラファーとして活動を続けている。

授業が始まるなり、ものすごいテンポで話しだした。しかし滑舌はクリアだ。

「このなかでフォトグラファーとして働きたい人は何人?」
「だとしたら何をするの?」
「わたしはコマーシャルフォトグラファーで、お金のためにやってる。それが第一。」
「ちなみにあなた方は何歳?20ならいいけど、22、3なら今もっているやりたいことを半分に自分で絞りなさい。」
「28をすぎたなら、それをさらにまた半分に絞るべきです。」
「人生は短く、選択の連続です。」

「では、写真の話しを始めましょう。」


イントロで脳が研ぎすまされる感覚だった。授業全体を通してみて、「写真を見る目を養うための基礎講座」と題するとわかりやすい。
何がいい写真で、そのどこがよりよい写真なのか、ということは誰にとっても漠然としているのが普通だ。ただ、どちらが良いということだけがわかる。その「なぜか」を簡単な定義付けをすることで、よりクリアにしていく。その定義のいくつかを彼が教えてくれた。

1. Diagonal Line(斜線) 2. Pattern (パターン) 3. Back Light(逆光) 4. Crop(トリミング) 5. Tilt(傾けること) 6. Flame(フレーミング) 7. Silhouette(シルエット) 8. Motion (動体) 9. Contrast (対比) 10. Scale(スケール) 11. Angle of View(カメラアングル) 12. Rule of Third (黄金律) 13. Selective Focus(フォーカスの選択) 14. Color(色使い)15. Negative Space(余白)

などなど、ほかにもいくつか言っていたが聞き逃した。しかし、なかでも1、3、9、と11の4つが重要で、他写真家との差別化を図るためのキーエレメントであると言っていた。



たとえば、左の写真は彼の写真だが、上記の要素のうちどれが当てはまるだろうか。








答えは、1、2、3、11、14。
メイン構図として1の Diagonal Line をもってきている。




ほかに、基礎をすべて意識できるレベルをクリアした後の、意識すると良いポイントを一つの基準にまとめて教えてくれた。それはFABRICという一つの単語に集約できる。Foreground and Background Repetition Interactive Contrast (前景と背景のコントラストの関係性を繰り返すこと。) 


たとえば、左の写真(同じく彼の撮ったもの)では、写真中の右側背景は暗く落としてある。つぎに、女性の顔半分右側に光を当てて明るくしてあり、顔の左側はやや暗い。そのさらに左側の背景スペースは壁に光を当てている。このように、左から、明暗明暗の順で構図を整えている。この前景と背景とのコントラストの繰り返しがいい写真になる基準として、かれはポートレート写真を撮り続けている。それにしてもファブリック(編み物、合成物)とはよく言ったものだ。



なにを良い写真として見るべきなのかが漠然としていたなか、この授業によって一つの解決の道を見いだすことができた。いままでやっていた自分の写真観察トレーニングとして、写真がどのように撮られたのかを分析する、過程の分析に加えて、その写真のどこが人に感動を与える要素となっているか、あるいは出版されうるものに仕上がっているのかを考える、効果の分析の必要性を強く感じた。これからのトレーニングにこれを含めてすすめていこうと思う。







2009年9月26日土曜日

Photo Contest

先月フォトコンテストに写真を応募した。応募というとプリントを、コメントを添えて郵送するようなイメージがあるが、いまはデジタル送信ですませるコンテストの方が多い。このコンテスト応募について重要な点について考えた。それは到達点を考えなければならないということ。 
雑誌コンテストについて考えた場合、到達点とは雑誌の紙面上ということになるのだが、これが応募者にとって厄介ごとになる。というのは各雑誌が毎月載せてくる写真にはそれぞれ特有の画像の調子なりコントラストの程度があって、「その雑誌で発表されうる」写真に仕上げなくては掲載はない。いままで何の受賞もしたことがない僕の解説では説得力はないが、その傾向はちゃんと存在する。自分の勝手気ままに仕上げた作品では、まぐれでもない限り賞は取れない。そのための雑誌の研究がどうしても必要になってくる。
写真を賞をとるために創作したいとは考えていないが、結局、写真というものの本質を考えたときに、当然写真の鑑賞者を意識しなければいけない。コンテストではその鑑賞者の前にまず審査員というフィルターがあるのだ、と考えるべきだと思う。コンテストとはそういうレシピエントをイメージできるフォトグラファーを求めていると考えても不自然でないだろう。自分の考える写真とその雑誌社が主催するコンテストのテーマがマッチしてそれからの雑誌の特徴を捉えた写真編集がどうしても必要だ。

自分のフォトグラファーとしての最終目的のためにこれは必ずしなければならないことの一つであり、一つのテクニックとして磨いていく必要があると考えている。




2009年8月26日水曜日

撮影 宿題 授業


2年目の秋学期がスタートした。

今期、写真のクラスは Advanced Photography と Color Photography を受講する。

Advanced Photography のクラスでは写真家としてのスタートを切るための授業内容になっている。これまでのクラスのように、一つのアサインメントに対して数枚の写真を創っていくのとは異なり、自分ではじめにポートフォリオ(作品集)の構想を練り、それに沿ったアサインメントを自分で決めて撮影プリントし、作品を制作していく。主に教授はそのポートフォリオの制作とプレゼンテーションの仕方に関わり、撮影の技術的なことに関しては口を出さない。
 こちら米国では、ポートフォリオがそのアーティストのビジネスを左右すると言われているほど重要視されている。そのような伝統からか、印象としてはこの授業まるごと、ひとつの作品集づくりのための授業に構成されているような感じを受ける。


Color Photography の授業では、昨年までのフィルムでのカラー写真から完全デジタルに移行し、薬品を使った現像/焼きのレクチャーをいっさいせずに、光の読み方とそれによって現れる色についての講義とデジタルワークフローに焦点が当てられている。個人的にはケミカルワークフローを学ぶよりも、色の関係性や効果的な色の画面配置などを学びたかったので、好ましい方にカリキュラムが移行された。







2009年5月8日金曜日

写真上達過程回想五年

何か勘違いしているのかもしれない。こういった疑問は時折自分に問うようにしている。

大学三年のころ、写真を始めてすぐにフィルムカメラを壊してしまってから、僕は一眼レフデジタルカメラの Canon EOS Kiss という機種に買い替え、使用していた。この機種は、一眼レフデジタルを一般の人にも普及させるために発売された初心者用のものだった。
3年ほど経ったある日の、自分自身で発言したある言葉を正確に覚えている。前に勤めていた会社で昼食をとりながら写真について話をしていたときのこと。「僕の使っている Kiss(カメラ) はやっぱり限界を感じますね。遅いです。」と言った。確かに動体撮影をする上では、レンズだけではなく、カメラ本体の性能も重要になってくるのだが、今でこそそれを十分感じるようになってきたものの、当時の僕はほんとうの限界を知らなかった。たぶん、いい写真が撮れないことに言い訳をしていただけだった。体験からの発言ではなく、ただの知識からの発言であった。本当にその機種で本気で撮ろうとしていなかったに違いない。そしてそれから2年後の去年の夏、写真のことを深くも知らずに、プロが使用する機種に手を出した。写真は、確かに良くなりつつあった。
写真は今でこそわかるが、経験により上達させていくことができる。そしてそれは、カメラというメカにかかる比重よりも、自分の精神、考えの深さや洞察などのほうがはるかに大部分を占める。そう考えると、いまさら後悔しても仕方の無いことだが、一つの重要な実験を逃しているといえるだろう。僕の写真は、2年前に比べて良くなったことは間違いない。しかしそれは、上級者用カメラに早い段階で買い替えてしまったことによって、純粋な自分の写真の上達なのか、カメラの性能による自分の写真の上達なのかを曖昧にしてしまった。これをもし、kiss でずっととり続けていたらどうだったろう。間違いなく、純粋な自分の上達過程を明確に伺うことができたはずだ。どうせ今でもアマチュアの写真家である。今まで撮ってきた写真などすべて実験にすぎない。どうせなら初級者用のカメラで撮り続けるべきだったのかもしれない。

かといって、いまからそれをやれるほど僕に忍耐はない。1回や2回の撮影行でこういった実験の結果が出るわけは無く、そのため時間もない。今年夏の撮影行はひとつの勝負になるからだ。マクニールリバーでのクマの撮影にその実験をしてみようとはどうしても思えないのだ。初のオオカミアプローチに Kiss なんかで臨みたくない。そこでは自分の最高の機材と状態で臨みたい。そういった意味では技術発展した世の中のように、個人の視点からもそれは後戻りができないのかもしれない。その点で、ひとつの実験を、アマチュアの時にしかできない実験を逃していると言える。

こういうところで、自分の技術発達の苦労をお金で簡単に解決しているために、長い時間をかけて自身を精進させていったひと昔前の写真家のような、深みのある写真が自分に撮れることはないのかもしれないと考えてしまうこともある。ほんとうのところはわからないが、ただ、あるひとつの、おもしろみのある実験を逃したという事実だけは残る。



2009年3月16日月曜日

The Eagle Lady Helper, Steve


昨年訪れた時と変わらず、彼は丁重なおもてなしをしてくれた。今回、彼には内緒で彼自身の取材を僕は試みた。秘密でやることは失礼かもしれなかったが、僕のカメラに、意識を向けてもらいたくなかった。「今回も鷲の写真を撮りにきた」と、嘘をついた。


Steve, at the age of 62
スティーブ、62歳



feeding to Bald Eagles, after The Eagle Lady, Jean died.
彼はジーン (The Eagle Lady) がなくなった後も、鷲たちにえさを与え続けている。



voluntary service on behalf of Eagles.
ジーンの意思を引き継ぎ、すべて鷲たちのために無償でやっている。



Japanese food is healthy and good for liver, he said.
日本食は、とても体によく肝臓にもいいと彼は言う。











2009年2月12日木曜日

ASONP monthly meeting



ASONPの月例ミーティングにビジターとして参加した。

 ASONP (Alaska Society of Outdoor and Nature Photographers) とは地元アンカレッジに密着した自然写真家集団のこと。もちろん撮影はアラスカメインだが、それに限らず世界各地をまわって問題ない。年齢層がかなり上なのが少し気になるが、この組織については以前から目を付けていて、近いうちメンバーになろうと考えている。(学生会員:年間$10)
今回のミーティングは、新しく会長になった方の紹介と、スポンサー&サポーターのお店の紹介に始まり、Ken & Chris Day という夫婦で写真やガイドをやっている方のプレゼンテーションがあった。
プレゼンテーションの内容はアンカレッジの南西に位置するカトマイ国立公園でのクマの撮影について。ちょうど夏に行く計画を立てていたので参考になった。アラスカにクマはどこにでもいるそうだがやはりそこでは量がちがうとのこと。驚いたことにある程度(5フィートと言っていた)近づいても大丈夫だいう。20年間そうやってきて、事故が無いという。したがって、彼らはライフルを所持しない。国立公園に隣接するマクニール川サンクチュアリというエリアでは、レンジャーがライフルを所持するのだが。またマクニールのエリア内にはレンジャーなしで入ることはできず、入園人数も年間限られ、規制が比較的厳しいように感じる。いずれにせよカトマイへのアプローチの方法やプログラムが多様だということだ。
プレゼン方法はスライドショー&コメントの後、Q&Aというスタンダードな方法。


ミーティングでは重要な情報を他にも得ることができた。

 AWRTA (Alaska wilderness Recreation & Tourism & Association)の話がちらっとでてそれを逃さなかった。この組織のことはまだ良く知らないが、ホームページを見る限りASONPよりも数倍大きい。写真ではなくツアリズムメインの組織だが、自然写真はツアリズムと表裏一体なのだ。
この組織の年次の会議が3月4日から3日間にわたって開かれる。その第一日目に、ナショナルジオグラフィオックのフォトグラファー、フィリップ・ニクリン(Flip Nicklin)のザトウクジラの個体数の変化についての講演がある。(彼のサイトのトップページからザトウクジラの壮観な写真を見ることができる。)
僕がまだ日本にいるとき、同じくナショジオのカメラマンであるティム・レイマンの講演を聴いたが、一線で活躍しているフォトグラファーの話は情報量が桁違いだった印象がある。
3月4日の水曜日で授業があるが、ナショジオフォトグラファーに会えるチャンスは極稀なので、これは行くしかない。