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2013年6月4日火曜日

写真の編集

おととし撮影した写真を編集してみた。

下の白頭鷲の写真は、撮影したときのトーンを保つように以前の写真も参考にし、より親子の白頭鷲という主題をハッキリさせるために、思い切ってトリミングをした。


白頭鷲の親子

撮影後、半年以上経過している写真を現像するとき、注意しなければならないことがある。

ひとつは、トーンが前と変わってしまうということ。
新鮮な感覚で写真をとらえることができる反面、撮影したときの空気感を、ほぼ完全に忘れているために、以前撮影後にすぐ現像・編集した連作として扱うべきカットとのトーンが変わる。特に露出とホワイトバランスは、以前の編集後の写真を見ながらでないと明るさと色が大きく変わる危険がある。これをそのまま扱うのであれば、違うトーンの写真は別のフォルダに保存するなどして区別しておかないと、いつまでもバラバラなイメージしか仕上がらないという気がする。



下のクロクマの写真は、以前撮影後に編集したときのホワイトバランスが、間違っていたために、そこを調整して、クロクマの毛の青黒い実際の色を意識して現像してみた。いずれにせよ、このトーンは以前の仕上がりと違うので、以前の写真とは並べることはできない。

クロクマの親子


下のミノ虫の写真は、ジム・ブランデンバーグなど、自然写真をアートととらえる系譜の写真家の写真を参考に現像したもの。僕の構想としては、このような綺麗な自然の部分もとらえ続けていく必要があると感じていて、それは自然に興味を抱く説得力を増すことができると信じているため。上の2枚の写真群とは方向が異なってくるため、一連で織り交ぜていくためにはその表現の方法を考えていく必要がある。

朝露とみの虫


現像の際に注意すべきもうひとつは、トリミングをしたときの写真データの損失を意識しておくこと。
同じ写真でトリミングを思い切ってしたとき、これがいい写真に仕上がったとしてもプリントサイズに限界があるため、データが小さいということを忘れないように明記しておく必要がある。とにかく写真の量が多くなってきているので、写真データの管理にも意識を傾注していかなければならない。


まとめると、一枚ずつ選んでランダムに編集するとき、その写真の何を強調して、その後どうしたいのかを明確にしておかないと、現像して写真を仕上げるだけ無駄になる。なにか実験的に検証するのであれば別だが、いつも違う現像・編集方針でやっていても何も生まれないだろうということ。たぶん、今の自分にとってはここをハッキリさせていく必要がある。











2013年1月10日木曜日

シャープネスについて


シャープネスとは、画像の輪郭の鋭さのことで、撮影プロセスで必ず意識する必要がある。画像あるいは作品のシャープネスを見て、画像の質を判断することにもなるので、とても重要な要素だ。

シャープネス検証のためのサンプル写真
対象のシカにピントを合わせ、アンシャープマスクをかけた画像


2012年12月18日火曜日

NDI -part 2- 無傷の編集を可能にしたメタデータ


第二回:無傷の編集を可能にしたメタデータ

イメージマネジメントシステム(IMS)構築の前の基本知識として、写真の質を保つためのNDI (Non-Destructive Imaging) という画像編集の概念を理解しておく必要がある。これを理解しておくと、デジタル暗室におけるデータと色の編集をムダなく正確に行うことができ、カラーマネジメントの理解にもつながる。

今回は、無傷で高品質を保った画像の編集は、NDIの意義そのものである。現在は、その過程は欠かせないものとなっている。


イメージマネジメントシステム(IMS)構築の前の基本知識として、写真の質を保つためのNDI (Non-Destructive Imaging) という画像編集の概念を理解しておく必要がある。これを理解しておくと、デジタル暗室におけるデータと色の編集をムダなく正確に行うことができ、カラーマネジメントの理解にもつながる。アドビの研究文献(英語ページ)を参考に、5回に分けて記述する。ラベルの「イメージマネジメント」にまとめて編纂していく。

前回の記事にRAWデータの内容を示した。そのなかのメタデータというものが、現在では画像編集に重要な役割を果たしている。今回はこれについて考える。

3ファイルあるうちの真中がメタデータのファイル
RAWデータには必ず埋め込まれている重要な情報だ

2012年12月17日月曜日

NDI - part 1 - RAW画像からモニターへ


第一回:RAW画像からモニターへ

イメージマネジメントシステム(IMS)構築の前の基本知識として、写真の質を保つためのNDI (Non-Destructive Imaging) という画像編集の概念を理解しておく必要がある。これを理解しておくと、デジタル暗室におけるデータと色の編集をムダなく正確に行うことができ、カラーマネジメントの理解にもつながる。

今回は、カメラLCDやパソコンモニターなどで表示される色の違いをもとに、RAWデータについての理解へつなげる。



写真の「色」に注意を向けはじめると、撮影後すぐにデジタルカメラのモニターで確認した写真の雰囲気と、家に帰ってパソコンで見たときの写真の雰囲気に違いを感じる人は少なくないと思う。

2012年10月28日日曜日

Single photography with a theme

Ephemeral autumn wind

写真は、「短い秋を通り過ぎて、長い冬へ向かう季節の移ろい」を一枚の写真で表現できないだろうかと考えて撮影したもの。

2012年4月24日火曜日

写真販売 - part 2 -

今年の冬のひとつの試みに、自分の写真がどれだけ売れるかということがあった。


以前にも記述したが、「売る」ということに関して固執はしたくない。あくまでもいいと思う写真を別の形で商品にして、みんなにアラスカを知ってもらうことと、自分の活動を知ってもらうということに焦点を当てたい。

しかし、写真家としてやる場合、いつまでたってもなんらかのアルバイトと並行して活動するのでは、自分のテーマがクリアに見えて来ない。

そんなことも考えていて、今回はフェアバンクス博物館で売られている写真とは別に、自分の写真で、利益を出してみようと試みた。

商品は、アラスカの特注切手、ポストカードセット、フォトカードの3種類。販売先を日本人観光客の訪れるお土産屋さんに絞った。
切手もアメリカから日本へ、旅の途中に送れる料金、$1.05に設定して作成した。また、冬のアラスカということもあって、オーロラの写真を使ったものをより多く作った。


結果として、ポストカード120枚、切手45枚、フォトカード21枚が売れた。
1ヶ月間の販売で、ひと月の食費分くらいの利益は出た。出だしとしては次につながるいいデータが出た。冬は、オーロラだけでいってもいいくらいだというのが感想だ。ただし、オーロラは自分が全面的に出していきたい写真とは大きく異なる、ということがひとつの問題となる。つぎはオーロラについては名無しで出そうかとも考えている。

今回は少数での発注だったため、商品ひとつあたりの原価は少し高くついたが、これをベースに夏期の見込みを作ってふたたびチャレンジする予定。
それにしても、またここで、売れる写真と自分が表に出していきたい写真の大きなギャップを感じたことも事実だった。



2011年7月2日土曜日

ポストプロダクション(Post-production)

写真を撮り終えた後、その写真を仕上げる作業、これが post-production 翻訳すれば、商品にする前段階の編集という意味。ハイエンドのカメラでは最高画質を得るために、センサーがとらえたままの画像を保存できる。撮り終えると、カメラに納まっているデータは RAW data すなわち、生のデータなので、デジタル現像する必要がある。これはウェブにアップする場合でも、紙媒体にプリントする場合でも必要になる作業。

この作業に規制をかけなければデジタル処理の場合、なんでも写真に処理を施していいということになりかねない。自分の中では、生データから現像のあと、シャープネスをかけるにとどめるようにしている。

これが生のデータ。仕上がりよりも霞がかかったような画像。このデータは自分の目で見た映像ではなく、カメラが見たままをとらえて記録されたもの。これを自分がその場で感じた絵に近づけていく必要がある。


ここがデジタル現像の過程。フィルムを薬品に浸すときの調整よりも数段細かい調整が簡単にできるのは事実。


現像したあとはそのままフォトショップでファイルを開くことになる。ここではシャープネス(unsharp mask)のみかける。
ネイチャーフォトのジャンルでは特に、広告写真と違ってここでの編集はさける必要がある。

2009年7月1日水曜日

Think about Crop



デナリ国立公園で本格的に撮影に入る前に、フェアバンクスに立ち寄った。昨年10月に来たときに比べ街並は青青として日差しも強く、違う町にきたような感覚だった。



アラスカ大学フェアバンクス校の図書館に立ち寄り、バックカントリーのルート計画と、写真について準備している時、ふとトリミングのことが気になった。トリミングとはその意味合いを二大別できる。写真をプリントサイズに合わせるための写真の切り取りと、撮った写真の意図をより強調するための切り取りの二つ。

前者はほとんどの人がプリントの段階で行うことになる。大学の授業で、教授は後者のほうはなるべく避けるべきだと話していた。なぜならファインダーをのぞいているときに考える構図がおろそかになりがちだからだと。他にも、写真に詳しい方の意見では、撮影後のトリミングを想定していると写真のセレクトの段階で非常に時間がかかる、という考えも聞いた。

はじめは僕もこれらに同意できていた。しかし、いま僕はこれに関して疑問を抱いている。たしかに撮影後のトリミングを想定していてはその場での感覚がいい加減になってしまう可能性はあるし、トリミングをすればするほど、後のプリントサイズに制限が出てくるということもある。だが、本当にいいと思える瞬間をおさえることができたのが、対象物が小さかったなどという時、それでもトリミングをしない方がいいなどとは思わない。例えば下の写真、


これは僕の持っている最長の望遠レンズで撮ったもの。撮る前に撮影後のプリント構図まで想定できていた。しかし、ここは鳥の保護地区で、これより先に足を踏み入れることはできない。上の写真だと、あきらかに曖昧な写真になってしまう。

これをトリミングしたのが下の写真。


なにが、何をしようとしている瞬間なのかがはっきりわかる。日のあたり具合や親の翼の広げ方に少し不満はあるが、目的の構図を得ることができた。しかしこれはトリミングをしている。この写真のプリントは限界A4サイズがいいところだろう。それでも、このように表現できる方を選びたいと思う。ある程度のフォトグラファー意識が維持できれば、撮影後にどうにでもなるなどと思いながら撮影する写真家はまずいないだろう。

いまのところ、僕は撮影後のトリミングでよい写真表現ができるのであればこれを積極的に行っていく。









2009年5月19日火曜日

Editorship

今まで撮りためた写真でポートフォリオを作成した。動物のみのカテゴリーで20枚ほどのアルバムだ。
そのアルバムをいろんな人に見てもらって、面白い考察を得ることができた。

まず、ぼくのポートフォリオを見たとき、僕のブログをたまに見てくれている人と、僕のブログ自体を知らない人の反応が全く逆だということ。これは面白い結果だと感じた。ブログを見てくれている人は、そのプリントになんだか不満げな、納得いかない意見や表情をする。ブログを知らない人の反応は写真を見て驚いたり、どう撮ったかなど積極的に聞いてくれる。この違いを冷静に考えてみると、ブログを見てくれている人がただ単に自分の写真のほとんどを一度見たことがあるから消極的な反応だった、という理由だけではないようだ。

原因を探ってみると、2つの可能性が考えられた。
一つは透過光と反射光の違いからくる見え方の違い。パソコンのモニター上で見る光はスクリーンを通過して目に届く透過光であるのに対し、反射光は光が紙面に反射してその光が目に届いている。この違いは一般的に透過光のほうが反射光に対し、色空間がひろく、色彩が鮮やかに感じられるとされている。

もう一つは、「全体は部分の総和にあらず」という考え。全体としてのポートフォリオはポートフォリオとして考えなくてはならない。いいと思う写真をファイルするだけでは不十分だった。
ブログに写真を載せるときは一つの写真に対して説明を加え、その写真について、なにかしら物語が付いている。それはそこで自分なりに完結させている。しかし、ポートフォリオはただ単純に写真をファイルしていただけで、コンテクストもなく、実は並べ方などほとんど考慮していなかったという欠点があった。フォトグラファーの写真集などを見ればすぐに気づくことだが、写真の前後にどういうものが並んでいるかによっても感じは大きく変わってくる。この並びに関して、大差はない、などと考えるようでは、プレゼンテーションをする資格はない。
もちろん、全体を構成する部分のクオリティーが低ければ写真の場合どうがんばっても、そう良いものは生まれないだろう。また、絶妙なコンビネーションを作る感覚も持ち合わせていなければいい表現はできないのも確かだ。

2009年4月5日日曜日

Photoshop Retouch & True Photography

どれくらいだろうか、授業とその宿題で50時間くらいは費やしただろうか。フォトショップの基本操作はだいぶ身に付いてきた。撮影したものはなるべくすぐに調整するよう心がけている。下の写真は大学内で行われたファッションショーでのもの。悪条件の中での撮影でとてもい練習になった。



これはとりっぱなしの写真。撮影状況は暗く、ISO3200まで上げなければならなかった。そんな状況下で手持ちの400mmではボケのないものは数枚しか撮れない。



最悪、ピントさえあわせられれば、フォトショップでなんとか引き上げることができる。ポートレイトのレタッチはたくさんレイヤーを使って調整。動物のポートレイトのときもほぼ同じ。



しかし、とりっぱなしで顔面にメインライトが届いてない場合では、ピントがあっていても後の修正が難しいことがわかった。



時間をかけて引き上げたとしても、どうしても違和感が出てくる。


やはり、後でどうにでもなると思って撮影していてはいい仕上がりはできない。3年前の冬、写真家の内山さんと話をしていたときのことを思い出した。現場で決めるという大切さについて話してくれたことを。


このさき、機械の技術でどうにでも写真を操ることができるようになるだろう。実際、大手メーカー2社はD-SLRでの動画撮影に踏み込んだ。これで撮影する画質が時を経るに従い向上していくことは必然で、そうなれば録画中ずーっと高速連写撮影をしているのと同じである。あとの編集の段階でいいと思う画像で静止させ、高画質でそれをピックアップしてしまえば終わり。屋外でシャッターを切る人がいなくなるのではないか。それは言い過ぎにしても、カメラの意義が近々大きく変化する予感がする。
しかし、現場、いわゆる生の映像にかなうものはないと思う。どんなに技術が発達して、高画質で簡単に画像をピックアップできるようになったとしても、そんなものに負けるような写真は撮りたくない。技術では絶対に超えられないような芸術の壁は現場でしか見つけられないと考えている。 










2009年2月23日月曜日

Photoshop Edit

夜、山に写真を撮りにいった。
今回はデジタル写真クラスの宿題である夜景写真を撮るために出かけた。

カメラの機能を色々使うと、人の目では見えない画像を撮ることができるのは、カメラの利点の一つだと思う。長時間シャッターを開けっ放しにしておくと、肉眼では暗くて見えない星の光までも、デジタルセンサーが鮮明に捕らえたりする。下の写真は、アラスカの州旗にもある、「北斗七星」を撮ったもの。(注:左からの赤い光はアンカレッジの町の光が拡散されながら届いてきているもの。中間調のみ調整)



星座はその形を知らなければ見つけることができない。例えば、上の写真で北斗七星以外の星座かあるいはその一部を認識できるという人はほとんどいないと思う。僕もわからない。じゃあ、北斗七星を知らない人は、この写真を見た時に面白さは半減してしまうかなとも思った。
そんなことを考えながら、この写真を編集していた。実際、この写真については、ポイントが山の上の北斗七星なので、その七つの星がもう少し輝いていてほしかった。

そこで、フォトショップをつかって、それらを強調してみた。下の写真がそれである。



これは果たして本当の写真と言っていいのかどうか。このように編集した写真の扱いはどうするべきなのか、未だに自分で答えを見つけられていない。「注」で記しているように赤い光もいい雰囲気を出していると思うが、フォトショップを使っていじることができてしまう。本物らしく見せることができてしまう。具体的にいえば、1ピクセルづつ変更しながら、星を強調したり、青や緑や赤の光をすこしづつ加えることもできる。
ただ、「編集時、フォトショップ使用」だけ記せばいいという問題ではない気がする。





2008年4月27日日曜日

画像編集


ちょっと時間があったので、フォトショップでサイパンへ行った時の写真を現像してみた。実際撮った写真は薄暗いトーンだったので、明度と彩度はかなり調整したことになる。デジタルでの編集作業は自分の求めるイメージに近づけるためにいくらでもやり直しがきくからいい。調整についてはどの程度までが許容範囲なのか様々に議論されているが、僕の考えではそれをアートとするのなら好きなようにやればいい。ただしジャンルは「創作写真」という中で評価されなければならないと思う。逆にフォトジャーナリズムにおいては、被写体が見えにくいとか、邪魔なものをどかす、などといった一切の編集も許すべきではないと思う。写真倫理についてはあまり勉強していないので、著作権などの扱いも含めて留学までに一通り勉強しておきたいと思う。