2013年10月3日木曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 11


7月2日 
島に入って12日目

 湖の南側半分の左岸を調べて歩いた。興味深かったのは、キャビンのちょうど対岸辺りから、南側の湖岸沿いには、オオカミの痕跡が一切見当たらないこと。少なくとも糞や毛であれば、1年から2年、シカの骨となれば10年くらいは残りそうなものだが、全く見つからないということは、この近辺がオオカミのhabitat use ではないと考えられる。

 早くもキャビン滞在最終日の前日となった。。この一週間のうち、湖を中心に歩き回ったが、オオカミの巣を見つけることはできなかった。ただし、オオカミの遠吠えを聞き、オオカミの生活の痕跡を見て、この付近にオオカミが棲息していることを確認した。2013年のこの夏は、僕にとってプリンスウェールズ島研究の初めの年に過ぎないのかもしれない。このあと、もう一週間、島での滞在が残っているので、引き続きオオカミ情報を追ってみる。


プリンス・ウェールズ島での日記 10


7月1日 
島に入って11日目

 結果から言えば、オオカミのテリトリーの広さを思い知らされた、というのみ。川沿いに歩いてみると、Wolf kill や、休憩所などが至る所で見つかり、この意味では、僕が歩いた川沿いは、テリトリーのエッジの部分であるという見方もできる。ここを手がかりに巣を突止めるのは、やり方を慎重に検討しなおす必要がありそうだ。

プリンス・ウェールズ島での日記 9


6月30日 
島に入って10日目

 今日は昨日見つけたランデブーサイトから陸側、つまり山の方へ調べを進めた。プリンスウィリアム森林マップによると、このランデブーサイトは原生林内、しかもクローズドキャノピー(樹冠が覆われて空が見えず、直射日光も注がない森林帯)にある。ここから北側の川沿いのエリアと、すこしseral forest (まだ原生林までに遷移していない森)をはさんで西側の原生林がある。

 この夏の時期はオグロジカは、大きく分けて2つのグループに分かれる。決して彼らは群れるわけではないが、標高の高いところへ移動するタイプと、標高が低いが水源に近いエリアを徘徊するタイプとがある。

 今日歩いたエリアは、標高で言うと湖が2mのところから、250mほどの、この辺り一帯ではかなりの勾配のある斜面のところを登った。けもの道を調べてみると、ほとんどがオグロジカのもので、オオカミの足跡やサインは特に見つからなかった。夕暮れにもう一カ所、湖の対岸を調べてみよう。


 これは僕の予想にすぎないが、このHonker Divide の群れは、かなり極端に水源を好むのではないかと思った。それというのも、ランデブーサイトは湖岸にあり、23日にもこの北の川沿いに休憩する場所があったからだ。遠吠えを聞いたときも湖からさほど離れていないところだった。これらのことが、感覚的に僕には、湖岸にすむオオカミ群と思えてならなかった。今日山側から調べを進めたのも、これを確かめるためであり、山側にはオオカミの痕跡は一切見られなかった。夕暮れに歩いた湖岸沿いには、ランデブーサイトから200m、400mあたりにWolf kill (オオカミに仕留められ、食べられたシカなどの獲物の残骸)が見つかり、この考えを一層強くした。明日に向かうランデブーサイト北側の川沿い周辺で、よりアクティブなサインが見つかることを期待する。







プリンス・ウェールズ島での日記 8


6月29日 
島に入って9日目

 今日はRendezvous site (ランデブー・サイト)かその痕跡であった場所を見つけた。学者のIan McAllister によれば、ランデブーサイトは巣から300m以内にあり、たいていのパックにおいて、子育てシーズン(4−7月下旬)は巣とこのサイトを行き来するという。この学者も、アレキサンダーオオカミと近種のカナダコースタルオオカミの研究をしており、このプリンスウイリアムのオオカミに近い生態をもつと考えられている。23日にも一カ所、ランデブーサイトとは言えないが、オオカミが確実に休憩したであろう場所を見つけた。そこは今日の場所から1kmほど離れたところにある。この場所も、David Person の研究書によれば、Honker Divide Pack のテリトリー内であるため、この二カ所の周辺を探っていこうと思う。

プリンス・ウェールズ島での日記 7



6月28日 
島に入って8日目

この湖には、多くの渡り鳥も飛来してくるようだ。昨晩、ハシグロアビを撮り、今日はカワアイサの親子を遠くに見た。また、警戒心の強いオオハム(Red-throated loon)もみかける。

 今日のエクスカージョンは、地図上の原生林を求めて歩いたが、そこは既にオールドグロース(原生林)ではなく、オオカミが巣を作るような場所ではなかった。
 ところで現在購入できる、アメリカの地図は、そのほとんどが1950年前後に作られており、60年も経つ。等高線にほとんど変化は無いものの、水域、森林地帯が色分けされたものは、ほとんど役に立たないと考えていい。たとえば、小川にビーバーが巣を作り、ダムを造りはじめると、瞬く間にその周囲の地形や植生は変化する。

 疲れがいつもに比べて残るのは、キャビンの中にいながら、熟睡できないためだろう。蚊が多いことと、日が長く24時でもうっすら明るいのが原因かと思われる。
 一カ所、今日動物が休憩しそうな場所を見つけた。そこら周辺はまず間違いなくシカの毛が落ちていて、彼らがどっかり腰を落ち着けるような場所ではあったかが、念のため、ミシン糸トラップを仕掛けた。このトラップは、目的とする動物により作りかえる必要がある。その特定の動物が通ると、ミシン糸が落ちる仕組みになっていて、とてもシンプルなものだが、僕はまだこのトラップは素人同然である。

プリンス・ウェールズ島での日記 6



6月27日 
島に入って7日目

 このキャビンでの目的は、
①オオカミの存在を確認すること。
②オオカミを撮ること。
③オオカミの巣を見つけること。

これらを達成するための行動計画をたててみた。

4:00 起床 skiff ボートで湖の中央へ行き、湖岸全体を監視する。湖に出てきたところを確認できるかもしれないからだ。
これを6:30までおこなう。
7:00 朝食
8:00 巣やオオカミの痕跡を見つけるための調査
11:30 昼食(午前の調査が、少し遠いところへ出かける場合は、行動食)
16:00 キャビンで行動範囲と結果の記録、夕食準備と明日の準備
18:00 夕食
19:00 湖岸全体の監視
21:00 キャビンへ戻り、読書、考察。23:00までに就寝

 このような動きに設定するのも、オオカミが、まず朝方と夕暮れ時、他のどの夜行性の動物とも同じように、夜中の次に動きが活発になるからである。また、昼にオオカミが寝ていたり、休んだりして仔たちと遊んでいるようなときに、この6月下旬は、まだ巣の付近にいる可能性が高いため、巣を探すのは、朝夕よりも昼の方が良いと思われる。

 そして今日は、なんとオオカミの遠吠えを聞いた!

 今までではじめての経験だ。本当にここにはオオカミがいる。早くも目的のひとつを達成できた。オオカミの存在を確認した。
 8:30pm まずキャビンから東に、ちいさな丘が見える。そこあたりから、一頭が遠吠えをした。それに答えるかのようにして、すこし南の方角から別の一頭が吠え、それが何度か続いた。8:45pmにふたたび声を聞いたが、このときは東の丘から2、3頭で遠吠えをするのを聞いた。8:30pmの時点での合図は、比較的まだ時期は早いのだが、狩りのための招集の合図かもしれない。または、巣に戻ってくるよう呼びかける合図かもしれない。ただ、ここで僕は想像を膨らませることしかできなかった。



2013年10月2日水曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 5


6月26日 
島に入って6日目

 Honker cabin に到着できた。地図上で見ると、スタート地点からは直線距離にして5kmなのだが、鬱蒼と茂る藪や谷と川、また今回は特に倒木に行く手を阻まれ、結局午前9時に出発し、着いたのが午後4時。7時間もかかってしまった。背負う荷物の重量は30kg近くあり、これも疲れを倍にした。しかし、キャビンが見えたときは、やっとここで7日間オオカミの研究調査ができると思い、晴れた気分であった。

 この付近の木々は、シトカスプルース、西洋ツガ、レッドシダー(このThuja plicataはアラスカの本土にはない)、アラスカシダー(Chamaecyparis nootkatensis)これらがほとんどを占める。中でも原生林に入り、樹幹の直径が150cm以上ある木を見ると、そのほとんどが杉の仲間、つまりレッドシダーとアラスカシダーのようである。これらの木々はもちろん整列しているわけではない。あらゆる要素、地形、緯度、気候、方角、周囲の植物との相関関係により、人間には予測ができない、限りなく無秩序に近い秩序のもとに乱立している。

 しかし、長く歩いてみると、水と光ということをキーワードに、ある法則があるように思う。しかもこの水源が地表に露出しているところ、つまり湖、池、川、沼地の近くでは、スカンクキャベツやシダ類、そしてこれらはクローズドキャノピー(空が木々に覆われて閉じられており、直射日光が地面に注がない森林のこと)の中であり、光が極めて届きにくい、制限あるところで繁茂している。池や沼では、その水域の広さが広がるほど、その岸辺は必ず日が射し込むところとなり、スカンクキャベツやシダ類から、スゲ類にとってかわる。水源が地表に出ておらず、地下を流れる場合、その地表からの水源の深さと木々の高さは、必ずしも比例しているとは言えないが、少しの相関はありそうである。

 今日歩きを阻まれた低木類についても、少し記述しておく必要がある。この周辺のアンダーストーリーの薮には、いくつかのブルーベリーとrusty menzesia 、サーモンベリー、そしてハイキングのときにはとても厄介な、デビルズクラブ(ハリブキ)が存在する。このハリブキは、ちなみに、棘があるために触れられないにもかかわらず、倒木が多い斜面や、川岸で滑りやすそうな石の隙間から生えていることが多い。僕は何度かこれをつかんでしまったことがあるが、あまり思い出したくもない。このハリブキの樹皮は、とても滑りやすい。これを靴でかき分けて、踏み倒しながら進むしか他に方法がないときは、注意を要する。このことも、ハリブキが厄介な植物と言われている理由のひとつであろう。

 6月末現在のプリンスオブウェールズでは、アーリーブルーベリーは実をつけ始めていて、先端の方の、実が直径1cm以上あるものであれば、食べられるほどに熟している。このブルーベリーの薮は、歩いているととても邪魔になるのだが、途中の休憩につまんで頬張るととても疲れが癒された気分になる。そんなあとに、この木を見ると、あたかも手のひらの上に1粒の実をのせて、「どうぞ、お召し上がりください」と差し出しているように見えることがある。どうもこれは人間の都合の解釈だが、あちらも利益があるわけで、これもひとつの取り引きなのだと思うと、自然はとても面白い。