2011年2月17日木曜日

写真販売






写真の販売契約成立。
フェアバンクスの大学博物館で来週より自分の写真を販売できることになった。知人に博物館のマネージャーを紹介してもらい自分の写真を紹介。いままで何枚もの写真を見て「売れる写真」を選んで来た人の反応はやはり厳しい。彼の本音は売れなければ置く価値がないこと。こちらの本音は一枚でも多く並べたいこと。1枚くらいは選んでくれないと困ると思いながら彼の目線を追っていた。結局10枚を販売用に包装し売り出すことになりそうだ。

写真は他で人がやっていない形での売り出しスタイル。ユニークなハガキで生写真が挿入できるようになっており、そのまま飾っておいてもいいよう二つ折りになっている。写真を入れるとちょうど白枠でフレーミングもされるので見栄えもいい。裏には自分のプロフィールと写真の説明を加え、メールアドレスを添えたウェブ予告も添付する予定。

現在のガイドの仕事が忙しくなる前に完成させたい。というのも僕の構想として、できるだけ多くの日本の人たちに自分の写真を見てもらいたいということがあり、17日からのJALのチャーターで3月半ばまでに3000人の人たちがこの博物館に訪れるからだ。他のガイド仲間や取引先にも協力的な方が多いのでツアー中の宣伝を促したい。

以下、販売写真のラインナップ










2011年2月12日土曜日

how to perch

スプルースの頂点に2羽(クリックで拡大)


2月、ハクトウワシの撮影に出かけた。
撮影しながら観察しているとハクトウワシの木のとまり方に特徴が見えた。彼らはスプルースの木が大好きでその木のできるだけ高いところで羽を休める。もしかするとこの木が三角形で高いところだと眺めがよく、気持ちがいいのかもしれない。

 一本では支えられないと判断して、2本の枝を片足一本づつつかむ。

 そのまま1本の枝を他方へたぐり寄せて束ね、安定を得る。

こちらの個体も(少しわかりづらいが)同じように2本の枝を右足で掴む。

 ある程度太くしっかりした枝には落ち着いて留まることができる。

 枝が斜めでも、太ければ留まれる。ちょっときつそう。

3年目から大人の羽が生え始める2歳くらいの若鶏。彼ら幼鳥はスプルース(エゾマツ)の先に留まるのを見たことがない。どちらかと言うと上の写真のようなカモフラージュとなる木にいるのを目にする。

いづれにしても、どの個体も留まる木自体は選んでいるようだ。基本的に木がピンとしたものには留まるが曲がりくねった不安定な方へは留まらない。ちゃんと見分けているのだろう。留まる木の下には彼らの糞が溜まり、その木の栄養分となる。木はより多くの鳥に留まってもらうよう、何か工夫しているのかもしれない。


2011年1月30日日曜日

オプショナルツアー

写真家柳木氏の写真撮影のツアーに同行。
場所はアラスカ州フェアバンクスの町の中の自然。
僕は仕事での参加だったのだが、柳木氏は僕が写真をしているのを知っていたので、今回は生徒として参加させてもらった。

ツアー当日はあいにくの悪天候だったが、プロとなると悪天候とは認識しない。そのなかで見つけられる対象を探していく。

柳木氏の勧める撮影箇所で、みな自分の構図を見つけて撮影し、見てもらう。

フェアバンクスの町の中の雪景色を撮影するツアー。身近なところにも撮影対象はあるということを考えさせられた。

 途中記念撮影も。

オーバーキャストのおかげでコントラストが落ち、ZEN感覚の写真になる。こちらは柳木氏の決めた構図。

チェナ川沿いを歩きながらいいスポットをみつけ、構図を決めた後、細かなカメラの調節をしながら数枚撮影する。


柳木氏は現在、自身の写真撮影活動はあまりしていないそうだが、なにかもう一度ビッグプロジェクトを計画していると言う。

2月にまた会う予定なの一度飲みながらその話を聞いてみようと思う。

2011年1月15日土曜日

マイケルクイントン研究 -Part 2-



基本撮影データ予測:1/250 f/8 ISO400 600mm ミラーレンズ使用 三脚あるいはそれに代わる固定機材使用 フラッシュ使用(?)

いい写真にしているポイントを考えてみると、
①サイドライティングによって対象に立体感を与えている。②対象と背景との距離が十分あるために背景全体がうまくボケている。③対象と同じ目の高さから撮影することで違和感のないパースペクティブになっている。④ピントを近い方の目に合わせている。

おそらく「置きピン」での撮影。背景からミラーレンズを使用しているのは間違いないが、フクロウのすむ光量の少ない条件下でミラーレンズを使いこの露出を得ながら、ピンがしっかり来ていることから、あらかじめピントを合わせておき、対象(フクロウ)が来たところでシャッターを押す置きピン撮影と考えられる。レンズ選択、対象、光条件を素早く判断したプロの仕事であるのはすぐにわかる。置きピンであるというのは予測にすぎないが、だとすると、フクロウが人の目の高さの木に止まることは考えられないので、彼は対象の止まるこの木の高さまで登って待ち、シャッターを切ったことになる。
彼の撮影するフクロウの写真の中でも、光と背景がフクロウという被写体に一番マッチしている一枚といえる。

2011年1月10日月曜日

Latitude 64

星野さん宅付近からのフェアバンクスの眺め
ムースの角袋がむけたときのような樺の幹

気温が暖かいと枝には重たい雪がのしかかる

写真がモノクロの時代でも現実はこうあったと思うと少し不思議になる。

「おれの夕飯だ」と自慢げな男
 この時期でも川を80センチほど削っていくと下は水が流れており、アイスフィッシングができる。


 
黙々とノミで氷塊を削るスタンレーという人。
静かな夕暮れ
自然の中では静寂が当たり前で、物音が聞こえる世界のほうが稀だとわかる。


この日は落ちついたオーロラが上空100キロを漂っていた。

2010年12月24日金曜日

対談 写真家

今日勤務先の会社が提携している写真家の方と食事をする機会に恵まれた。
Y氏の撮影テーマはアラスカとオーストラリアがメインで、日本を拠点としている。

いくつか興味深い話の中でもっとも印象的だったのが、いまでもテントでの生活が自分になじんでいて基本の生活スタイルだということ。ご本人は今年還暦を迎える巨匠クラスの方で、厳しさを内に押さえた物腰の軽い社交性を感じさせる人であった。
オーストラリアでの、一日中太陽と星の入れ替わりを360度視界の開けた広野で見続けたという経験談は印象的。

話は、僕からの空気を読まない、急で本質的な質問から入ったため人生哲学的な内容に。

Y氏「人って一度生活水準を上げると戻れないってのがあるでしょ。僕にはそれが必要ないの。マンションでもベランダでテントはって寝てんだから(笑)」

Y氏「いまでも有名にならなきゃだめだよって周りからいわれるけど、じぶんは富とか名声とかってのに全く興味がないんだよ。僕の師匠の白川義員に師事したために反面教師になってね。彼は非常に名声にこだわった。」

中島「でも名声っていうと大げさですが、そこから広がるチャンスもあるんじゃないですか?」

Y氏「たしかにあるよね。でもアシスタントについてしばらくして、師匠みたいなこんな人生おくるもんじゃないって思ったよ」
(白川師匠について、写真のためならどんなことでもやった、と言ったニュアンスの話があり)
Y氏「それから反面教師になっちゃってね。」

中島「徒弟制度って今ほとんど聞かないですよね。学べることも多いんじゃないですか」

Y氏「全米の国立公園全部まわったのはよかった。アラスカに来てなかったら写真やってなかっただろうし。」

(記憶抜け)

Y氏「お金は必要だね。それはたしか。」

Y氏「いまテレビに出て有名になった戦場カメラマンの渡辺っているでしょ。あれなんかも僕と同じ考えではある」「有名になりたいってんじゃなくて、写真撮りにいきたいための金集めでしょ」

中島「自分でも公言してましたよね」

Y氏「結局そうやって稼いだお金って全部使っちゃうんだよ。撮影で。」

Y氏「俺もかなり稼いでた時期があってね。いま思えばもう少し残しときゃ良かった(笑)昔とは(経済)状況が全く違うからね。大変。昔は営業なんてしなくたって雑誌の仕事なんかもたくさんきたからね」

中島「え?営業してないんですか?(これには驚き)」

Y氏「うん。いまもまったく(笑)」


話題は、死ぬまで写真を追求できる可能性について

中島「以前動物カメラマンの方とお会いして印象に残っていることですが、フリーカメラマンって自分の意志如何によっては死ぬまで続けられますよね。」


Y氏「それはあるね。雇用されているわけではないからね」

Y氏「でも結婚してしばらくすると考え方も状況も変わるよ」

中島「たしかに自分の行動に制限はかかるでしょうね。長期撮影行はできないとか」

Y氏「でも、それにしても70歳にしていい写真たくさん撮ってる人もいるからね。そういうかたちもあると思う。早期定年から本腰入れるとか。ほら、いまは60でも若いっていわれるくらいでしょ?」

(そういえば以前お会いしたカメラマンの方は定年以降になって、持ち株を売りながら行きたい撮影地へ飛び回っている人だった。)

中島「そういうパターンの方意外に多いですよね。」

Y氏「若いうちからずっとやってるとあるところで選択しなければならないところが出てくるよ」

中島「選択!?とは?」

Y氏「自分の写真、やめるかやめないか」





ここで会話は仕事の話題へ移行し写真トークは終了。終始冗談混じりで楽しく食事をさせていただいた。
知識ではない実地で学べる知恵とプロの思考については師匠につかないと得られない。そんな教えを自分は求めている!などということはいえなかった。が、これに関しては継続的にいい機会に恵まれそうだという感覚も得た食事会だった。

2010年12月17日金曜日