2013年3月28日木曜日

写真家研究 クラウス・ニゲ


クラウス・ニゲの写真は、彼自身が本当に対象の動物に愛着がわいていて、調べ尽くした中で撮影に至っていると思えるものが多い。作品群は、まとめのバランスがとても良いと感じる。要するに、最後の写真を見終わって、「ああ、なるほど」と言いたいことがほとんどわかる。写真をまとめる上で、その順序は非常に参考になると思うので、くわしく見ていくに値すると勝手に判断した。


以下の僕の記述は、自分が写真の評論家にでもなったかのような書き方をしているが、そのあたりは、そのつもりになって写真を眺めている(見る訓練をしている)と考えてもらえればいい。

写真家クラウス・ニゲ
1956年生まれ

 17才の頃からカメラが好きで撮影をしていた。大学卒業後(23)しばらくは生物学者として活動していたが、野生生物を撮りたいという想いを断ち切れず、1984年に写真家になる(28)。1991年(35)にドイツの自然写真協会(GDT)に入会し、1992年から95年(39)まで、この協会の会長を務めた。フリーランスになったのは、1995年(39)から。写真家としては比較的遅いスタートであるが、彼の作品群を見ていく限り、プロかアマチュアかなどは気にしていないかのように、淡々とテーマに打ち込んでいるように感じる。

彼の今までのプロジェクトを以下に記載する。
プロジェクト開始は想定30才あたりから。彼のプロジェクトの特徴として、野生生物をテーマとするときは、動物種1種を選び、その生態のライフサイクルを数年かけて取材する型をとっている。場所をテーマにするときは、四季とそれに対する多様な動物たちの生活の変化等を織り交ぜて、全体的にバランスの良い作品群に仕上げている。撮影の特徴は、表現に合わせたカメラの使用をしていること。例えば、対象の動物を入れ、風景も含めてその生態環境の写真をシンプルに表現したいときは、やや望遠のレンズを使って、圧縮効果をうまく加え、イラスト調にしているなど。表現としての特徴は、一枚あるいは数枚の写真をつかって、事象の変化を写真だけで完璧に表現できるところだろう。キャプションは、後で詳しい知識を得るときに必要であって、それがなくても十分意図が伝わる作品に仕上がっている。

Project

Stellers Sea Eagle (???? - 1999) NMG 1999.3 掲載
36才(掲載時43才)

Brown Bear (???? - 2001)
Kamchatka (2003? - 2005)
European Bison (2005? - 2007)
Bialowieza Forest (2005?)

American White Pelican (2004?–2006) NGM 2006.6 掲載
48才(掲載時50才)

Common Crane (2006? – 2007)
49才

Philippine Eagle (2006? – 2008) NGM 2008.10 掲載
52才

Whooping Crane (2008? – 2010) NGM 2010.9 掲載
54才

Flamingo (2010? – 2012) NGM 2012.4 掲載
56才


ニゲの撮影スタイルとして、ひとつの対象に時間をかけるスタイルをとる。「スローな写真家」と自分では表現している。上記のプロジェクトが仮に、彼の行った全てのプロジェクトだとすると、確かにひとつひとつのプロジェクトを慎重に行っていると言える。

プロジェクト内容

Stellers Sea Eagle 1997
ロシア沿岸でのオオワシの取材(NGM掲載作品)

オオワシの子育てと生活、生態環境のシーンも含め、フィルムで撮影している。2013年現在から考えれば、目新しいことはない。DDTなど薬害問題の対象として注目されたこともあり、時代のテーマとして優れていたということも掲載に至った大きな理由だろう。


American Bald Eagle 1998
北米でのハクトウワシの取材 (写真集として発表)
ホームページに写真掲載無し。


Brown Bear 1999? NGM未発表)
カムチャツカでのブラウンベアの取材

考察:ブラウンベアの夏のシーンのみを捉えている。ポートレイトから鮭狩り、子と母グマなど、最近では良く見るシーン。もし、かれがこれをナショジオへ持っていっているとすれば、その失敗の理由は、撮影シーンを夏に限定したことだろう。「ブラウンベアの生態の一部」が少し滑稽なシーンも合わせてストーリーが組まれているようなので、弱冠だがナショジオ向きではないのと、シーンが足りない。しかし、一枚一枚みていくと、これまでに試みていないような構図の写真が所々にみられる。たとえば、クマの爪とサーモンにズームし切り取っているカット。このころから画面構成を特に意識するようになったのではないだろうか。


Kamchatka 1998? – 2003 (NGM未発表)
カムチャツカの風景

考察:このときの取材は写真集になっている。おそらく、クマ取材と同行して行われたと考えて良いだろう。このとき、空撮も入れているのは注目に値する。このプロジェクト以降、生態の全景観を写すということをしている。カムチャツカという「場所」をテーマにしたときに、揃える写真のバランスが良い。たとえば、山の風景を30枚中10枚ほど入れている中に、小鳥、花、カムチャツカの名物であるサーモンと火山を外さず入れていて、その中に四季があらわれている。包括して見たときに、これこそカムチャツカと言わざるを得ない。このプロジェクトは、ナショジオに掲載することを目的としていないはずだ。

European Bison 2003? (写真集として発表)
ポーランドでヨーロッパバイソンの生態をテーマにした取材

考察:クライマックスである仔殺しを柱にした写真群。仔殺しのシーンを先に撮ったか後に撮ったかはわからないが、この写真の並べ方はうまい。穏やかそうなバイソンの様子を最後の手前まで持ってきておいて(途中、すこしおどろしい様子の写真もある)一気に仔殺しのシーンに引き込み、組写真として非常に驚きが強い作品になっている。ただし、前半の写真群にあまり変化が見られないので、このプロジェクトの評価はそこまで高くないだろう。2004年に写真集として発表している。

Bialowieza Forest 2005? (NGM 未発表)
ビアレッツァの森の中を写真でまとめたもの

考察:このプロジェクトで、ニゲは光をとてもうまく使っているように思う。この光の少ない森という制限の中で、光の使い方を体得したのかもしれない。このテーマにおいても、カムチャツカでのまとめのバランスの良さが際立つ。また、後半に、2枚の写真によって、雪の重みで枯木は倒され、森は再生のサイクルに入ることを表した優れた定点写真もある。


American White Pelican 2006
合衆国でのアメリカシロペリカンの取材(NGM掲載作品)

考察:約8年ぶりにナショジオに掲載された作品。この取材については、ナショジオから依頼がきて、取材費が出たかどうか定かではない。これより先はおそらく取材費が出ている。ナショジオの写真としては、少し力が弱い写真群だが、ニゲはここでペリカンの飛翔姿を、特殊な撮影方法で撮影している。地上からではないのは確かだが、どのように撮影しているのかはわからない。これはナショジオ写真家としてのテクをひとつ仕入れたことになる。(おそらく小型飛行機か、ラジコン撮影か)


Common Crane 2007
ヨーロッパ北部でのクロヅルの取材 (写真集として発表)

対象はヨーロッパクロヅルである。これは2007年に写真集として出版されている。ニゲにしては、あまり時間をかけていないと思われる写真群。子育てのシーンもどこか中途半端にみえる。写真をまとめたときに、決定的な写真が、2、3枚は必要かと思うが、いちまいもない。ここで重要なのは、クロヅルの日没後の様子を表した、赤外線写真である。これはもしかすると、ISO感度を上げて、長めの露光をしたものかもしれないが、一風変わった写真を撮ろうとする試みが見られる。


Philippine Eagle 2008
フィリピンでのフィリピンイーグルの取材(NGM掲載作品)

この取材と作品群は、ニゲの写真人生でもっとも重要かつ、成果の高いものだと考えられる。この取材は、まず間違いなくナショナルジオグラフィックからの依頼によるもので、ニガはこれに渾身の力を注いでいる。取材期間はゆえに3ヶ月間だろう。撮影の方法を新たに仕入れのだろう、斬新でとてもナショジオ的な作風になっている。
ここでの成功要因は、準備段階にあることがはっきりわかる。現地のガイドにコンタクトがとれたか、何かはわからないが、おそらくフィリピンに到着と同時に、フィリピンイーグルの巣を見つけている。欲を言えば、抱卵の時期から取りかかりたいところだが、そう出なくても十分な情報を得ている。ヒナが生後1.5週間くらいの時点で撮影を始め、飛び立つまでなので、生後3ヶ月くらいだろう。そのほか、保護施設の撮影もしていることから、予めテーマは、フィリピンイーグルの保護と復帰と定められていただろう。ナショジオから依頼を受けたのも、ニゲが大型野鳥撮影のエキスパートであることと、これまで他のテーマで撮影に成功していたことがあるために他ならない。


Whooping Crane (2008? – 2010) NGM 2010.9 掲載
アメリカシロツル

2、3の決定的なシーンがある。絶滅危惧種に指定されていることから、撮影は困難だったと考えられるが、いとも簡単に仕上げている感じは、ベテランの成せるワザだろう。


Flamingo (2010? – 2012) NGM 2012.4 掲載
フラミンゴ


以上のプロジェクトを考察、クラウス・ニゲから学べることは、一連の作品群のまとめ方だろう。

参考資料

より詳しく彼の作品を研究するには、5冊の写真集と、5つのナショジオの記事を参照すること。

0 件のコメント: