2008年8月23日土曜日

chase the wolves -part 2-

 以前の投稿、3月の chase the wolves の題で、どのオオカミ群に照準を当てて撮影に挑もうか考えていた。この時はunit 16 と unit 13という二つの群れについて研究を進めようと書いていたが、現地アラスカに来て調べてみたところ、やはりより詳しい情報を得る事ができた。unit 14 という群れが近年頭数を増やしていて個体数管理もしっかりできているという。この情報はアラスカ州魚類狩猟局(Alaska Department of Fish and Game)が直接一般に公開するレポートから得る事ができた。unit 14 の中にも A, B, C と分かれており、特に unit 14C はこの管理局も力を入れていて、一般の人がハイキングをしていて時々オオカミを目にできる程度まで個体数を増やす事を目的としているため、撮影するには一番適しているのではないかと考えられる。アンカレッジの北の隣町イーグルリバーはこのユニットの完全にテリトリー内に収まっている。イーグルリバーまでは便数は少ないものの、ただ乗りバス(学生は無料)で行く事ができるので通う事ができる。これらの情報源であるレポートはリサーチ内容から詳細に欠ける感じがする。3年ごとのレポートなので所々端折ってあるのだろう。2008年版はまだおいていないので2005年の情報であるのも気にかかるところ。アラスカの気温もここ最近で急な変化をしているし、これが生態系に影響を与えないはずはない。 →アラスカ近年の気温変化による生態系への影響
以上の点からとりあえず、情報をもう少し、特に一次情報を得てから観察しに出かけようと思う。
いまのところオオカミだけに限らず、撮影に関する情報は大学内の図書館から収集している。以前よく通っていた日大の図書館もかなりの大きさを誇っていたが、ここは優に、その3倍はある。本当に出られなくなり焦ったほどだ。この中の一つのブースにアラスカコレクションというコーナーがあり、そこに、今までどこの図書館でも目にした事のないワイルドライフについての本と、研究者による無数のレポートが所蔵されている。貸し出しが許可されていないので、館内で調べを進めることになる。23時まで開館しているところはさすがだと思う。

*The copyright of this photograph carried here belongs to ADF&G.

WILDLIFE in Alaska

無事アラスカに到着して、4日が経った。ようやく落ち着いて、今は寮の中でゆっくり書く事ができている。つい先ほどまでクラス登録や新入生オリエンテーションなどで、せわしない毎日だった。
オリエンテーションの帰りに、寮の裏庭を黒くてデカい何かが横切ったのを見た。メスのムースだった。野生のムースを見るのはこれが初めてだ。カナダに行ったときに、見たくても見る事ができず、しかたなく動物園に行ったことを思い出す。ムースの雄には喉の下に垂れ下がった皮膚があり、メスにはないので区別はすぐにつく。オスと比べると小振りなムースという事になるが、それでも大きかった。テレビで見るタレントは実際に見てみると小さいのに、テレビで見る動物はいつも実際に見ると大きい。これはなんでだろうと変な疑問を浮かべながら、このムースを追った。この後移動する方角を確かめてから、急いでカメラを撮りに部屋に戻った。

寮の周りはヘラジカが好む寒冷の湖沼地帯になっている。実際地面を踏んでみるとすごく柔らかく、所々で深く靴がはまり、足を取られる。近くには小川がいくつかの支流をもってゆっくり流れていて、とても静かなところだ。日中ここにベンチを運んで本でも読んでみたいといつも思う。


※現在、画像サイズを変換できるソフトがないので多くの写真を載せる事ができないが、またの機会に設ける。

ヘラジカについて詳しくは→ここ

2008年8月19日火曜日

出発前夜

心境について、聞かれた友達には答えているが、ワクワク80の、不安20。といったところだ。自分の気持ちだけでなく、昨年、ウィスコンシンに語学留学している経験から不安要素が解消されているところは非常に大きい。
そもそも4、5年前には僕ごときが海外の大学に入れるわけは無いと、本気で思っていた。けれど、あるときを境に、心の底から留学したいと思うようになった。そして、そうなるように考え方と体をシフトさせていった。ある程度の覚悟(*1)をしてしまえば、ほぼ考えたように事を運ぶことが出来る。この考え方について、哲学者であり経済学者のJ・S・ミルが「自由論」の中でいい示唆を与えてくれている。以下、興味の無い人には退屈になるだろうが、続ける。

ジョン・スチュアート・ミル(以下:ミル)の『自由論』は最近読んだ本だが、自分が思う道を進んでいく中で、その選択を確信させてくれる思想が力強く説かれている。特に、幸福の諸要素の一つとしての個性という章の中で、「人間性は、模型にしたがって作り上げられ、あらかじめ指定された仕事を正確にやらされる機械ではなくて、自らを生命体となしている内的諸力の傾向にしたがって、あらゆる方向に伸び拡がらねばならない樹木のようなものである」という一節がある。前半の従属節の部分は聞き飽きるほどに世間で言われている、機械人間を示す内容で退屈だが、後半の「内的諸力に従って拡がる樹木のよう」という部分には感動した。これこそ自然の原理に従う自由の本質だと思う。 (*2)
又、「唯一の確実な永続的な改革の源泉は自由である。単に慣習であるがゆえに慣習に従うということは、人間独自の天賦である資質のいかなるものをも、自己の裡に育成したり発展させたりはしないのである。知覚、判断、識別する感情、心的活動、さらに進んで道徳的選択に至る人間的諸機能は、自ら選択を行うことによってのみ練磨されるのである。」つまり、慣習に従う行動は何の生産性もない。人類の発展・進歩の原理とは、強力な自由をもった多様な個性の集まりということになるだろう。 話が多少逸れるが、生物の多様性も人間の個性についてもそうである。環境がその多様さを容認しなければ、単調な、非常に脆弱なものしか生まれない。「一様を求める教育や社会」とは、これにおいて危険であると思う。

*1 ちなみに、ある程度の覚悟をしてしまえば事は考えたように運ぶことができる、と先に述べたが、この「ある程度の覚悟」とはミルによれば「自分自身の責任と危険とにおいてなされる限りは」という条件を意識した行動をとる覚悟ということである。当然ながら、自由気ままにのびのびと、といった甘い考えだけではないことをきちんと述べている。そこらへんは本当に外せないところだ。
*2 また、ミルの述べている自由とは、内面的自由ではなくて社会的自由についてである。

とまあ、気難しいことを述べたが、結局のところ「やりたいようにやっているだけ」という言葉が今の自分に一番しっくりくる。この先やはり今までどおり、いろんな人に迷惑をかけるだろうし、自分としても「不安」という、感じ悪い奴と同居し続けなければならないと思う。ただし、それだけで終わるわけには行かない。これから徐々にそれらをひっくり返すだけのことはするつもりでいる。



「人間の目的、すなわち、永遠または不変なる理性の命令の指示したものであって曖昧なまた移ろいやすい欲望の示唆したものではないところの、真正なる目的は、人間の諸能力を最高度にまた最も調和的に発展せしめて、完全にして矛盾なき一つの全体たらしめることにある」 -ヴィルヘルム・フォン・フンボルト

2008年8月15日金曜日

教育ローン問題 -part 2-

何とか融資実行までもっていけそうだ。
当初予定していた借り入れ金額よりもかなり下回ったが、なんとか学生生活を送ることができる。

 次に考えなければならないのが、学内でのアルバイト。学生ビザなので週20時間以内と限りはあるものの、考えてみるとそれくらいでちょうどいい。概算すると、20時間きっかり入れてくれるとは限らないので15くらい入るとして、15時間×$8×4週=月に$480。 ま、週に一度は撮影に出かけるとして、これくらいの収入で十分かもしれない。 
 昨日ラッキーにも偶然とても有用なサイトをみつけた。そのなかで著者は、学内図書館のアルバイトが安定していてはじめのうちはいいかも知れない、と書いていた。来週到着したら早速アタックしてみようと思う。 こういうことは本当にアタックしまくるに限る。カナダでもマレーシアでもカンボジアでもそうだった。とにかくおおよその見当をつけたら迷わず動くこと。この考えで、小さな失敗は繰り返すが、最終的に失敗したことは一度もない。

偶然見つけた貴重なアラスカ情報サイト→ ここ

2008年8月7日木曜日

70メートルくらいの絶壁の途中で、下は海。体をザイルでしばりつけたまま、何時間もねばるんです。 -宮崎学


次回、8月10日の情熱大陸を見てもらいたい。
日本を代表する動物カメラマン宮崎学についての特集。
この特集については、以前に記述した遺伝学の研究をしている友人が、電話で知らせてくれた。
現在、宮崎氏はハクビシンやヌートリアなどの帰化動物も対象に取り上げているが、都会に住む彼らについての考えを番組で聞けたらいいと思う。番組のメインはどうやら人間の自然環境との共存について、宮崎氏の考えを辿るような内容らしいので、ここではそことは違う彼のエピソードを、番組を先行して記してみたい。

著書『僕は動物カメラマン』のなかでかれは次のように語っている。
「6年生になるまでに、私は、伊那谷にすむ野鳥たちについてはすべて知っていたし、鳴き声を聞いて、瞬時にしてそれが何という鳥であるかくらい、識別できた。そして、いわゆる "自然の読み" なるものも、私は私なりに、すでに体で覚えていた・・・という自負だけはある。」

彼は幼少期から長野県の南部、伊那谷で、その急峻なアルプスの森を相手に自然を学んでいった。中学を卒業すると、進学せず、一度あるバス会社に就職するが3ヶ月で退職。つぎに、ただ何となくで入った「信光精機株式会社」で、カメラへの興味が爆発する。ここでレンズの製造過程を一から勉強でき、給料3ヶ月分する高級カメラを購入する。

宮崎学の撮影活動は、ここから始まる。

「毎日毎日、十時間も木の上に登って観察を続けた」

鷲は木のかなり高い位置に営巣するから、隣の木に登り、足場を作ってカメラをセットする。
人が近くにいると巣作りをやめてしまうので、現在では遠くからカメラをリモコンで操作するという。動物に興味を持ち、撮影などの活動をいまだに続けているのも、結局、幼児体験からだという。彼は、カメラは別として、小さい頃からずっとこんなことを続けてきた。

彼は「見る/観察する」ということを非常に重要視する。撮影の何十倍もの時間を観察する時間に費やさなければ、その動物の本当のことは分からない。
34歳の頃の彼の考えについて興味深い対談を本で読んだことがある。ジャーナリストの立花隆が、世に知られる前の大胆に生きている人々を特集した「青春漂流」。そのなかで、ワシやタカのあらゆる生態について語る宮崎氏を前にしてのこと。

立花「そんな話、どこから学んだんですか?」

宮崎「全部自分で観察したことなんですよ。写真を撮っている何十倍もの時間を観察に費やしている訳ですからね」

立花「動物生態学の本を読むとかはしないのですか?」

宮崎「そんなもの全然読んだことがありません。だって、どんな学者より自分の方がよく知っている自信がありますもの」

立花「自分で観察している時に観察記録みたいなものはつけてるんですか?」

宮崎「いえ、何も。全部、自分の頭の中にしまっておくだけです。観察をつける手間ひまがもったいないから、ひたすら見続けるんです。結局、見るのが好きなんですね。仕事に出かけて双眼鏡を忘れたのに気がついたら、カメラを持っていても家まで戻りますが、双眼鏡は持っていて、カメラを忘れたというなら戻りません。双眼鏡さえあれば見られますからね。若い人で動物カメラマンをこころざす人がけっこういるんですが、みんな撮ろう撮ろうとして、撮る前に見ようとしない。あれじゃだめですね。撮る前に徹底的に見なければ。」

観察を続けること、時間をそれに費やすことで生態の本当の姿が現れる。
15年の歳月をかけた写真集「鷲と鷹」にはそんな記録が残っているのだろう。



「自然の生態において、食物連鎖の頂点に位置するワシやタカといった猛禽類が、いかに貴重な存在であり保護しなければならない鳥たちであるか、そのことを私はもっと訴えたかった。そのためには、まずなによりも、ワシやタカの生態を撮影して、彼らの "生きざま" のすばらしさを、より多くの人たちに視覚によって訴えていくことからはじめなければならないと思った。」 -宮崎学



参考文献:「僕は動物カメラマン」どうぶつ社 83年発行 宮崎学著
「青春漂流」講談社 88年発行 立花隆著