2013年10月7日月曜日

プリンス・ウェールズ島での日記 18



7月9日 
島に入って19日目

 レイモンドは、約束の時間を5分過ぎた頃に、笑顔でやってきた。コーヒーを片手に、パークレンジャーの制服を着て、似合わないビジネスバッグを持っていた。このバッグの中にパソコンがあり、すべてのオオカミ研究資料とデータが入っていることを僕は知っている。

 レイモンドは自分の車をフィールド調査にも使っていて、なかは調査用の道具でいっぱいだ。ピックアップトラックだが、荷台には罠で捉えたオオカミの検体を運ぶための箱が積んである。かなり大きい。車内には、ラジオ信号を発信し、キャッチする道具とアンテナがある。今日はまずこのアンテナを使って、オオカミの居場所を突止めようということだ。オオカミ側にはラジオカラーといって、信号に反応する首輪が着いている。これは一度捉えられ、レイモンドによってラジオカラーを付けられた個体ということになる。この個体は、実は研究中もっとも興味深い個体として、レイモンドが注目している。

 この個体を仮に、チェルシーと名付けよう。チェルシーはメスで、今年仔を4頭産んでいる。ふつうオオカミは、子育てを群れで行うということで知られている。しかし興味深い点は、チェルシーが一人で子育てをしているというのだ。これは自然の摂理の例外で、このようなことが実際にはよく起こっているから面白い。チェルシーは仔が小さいときも、仔を巣穴にのこし、一人で狩り出かけていっていたそうだ。たまに父親と思われるオスが姿を現し、エサをおいて去ってくのだそうだが、本当に時折で、仔が成長していけるだけのものは運んで来ない。こんな状態で、チェルシーは2頭餓死させてしまった。

 車を走らせること15分、僕の滞在しているキャンプ場に、知り合いの研究者が研究生を連れて滞在中だということで、オオカミ調査に参加するようだ。レイモンドの知り合いの、このスティーブという学者は、齧歯類研究の中では大変有名な、小型哺乳類の足跡研究(Small animal track research)の権威だそうだ。いまはニューメキシコ大学からはるばるアラスカまで来ている。この研究室の学生3名が同行した。

 母親オオカミチェルシーの巣を尋ねた。想像していたオオカミの巣よりも、ずいぶん小振りだ。それもこの小さな母と仔だけの群れのためだろう。レイモンドはしきりにアンテナを様々な方向へ向け、信号を受け取ろうとしているが、反応はない。3日前まではこの付近をうろついていたそうだが、今は近くにいないということだけがわかる。

 学生たちも、初めは興味深そうにオオカミの巣を眺めていたが、オオカミそのものが見られないのだとわかると、急に残念そうにしていた。レイモンドと僕は、このあとHonker Divide Pack のテリトリーへ入っていく予定だが、その他の学生たちは、往復17、8kmの調査だと聞いて、彼らのベースキャンプへ戻ると決めた。

 レイモンドと僕は、結局この日、オオカミを確認することはできなかった。往復18キロ、7時間ほどの調査。調査と言っても目的の場所に、レイモンドが無人カメラを設置する仕事に、僕が同行したというかたち。この時期は、レイモンドによると、今年生まれた
仔たちはずいぶん育っていて、たいていの群れが、巣からはなれて行動範囲を広げているため、目撃するのは難しい時期だと言っている。やはり、設定したスケジュールでは、遅かったのだろうか。。。

 調査同行中には、レイモンドがオオカミを良く見かけるという場所へ連れて行ってくれた。そこは、僕が予想していた鬱蒼とした森の中ではなく、オープンマスケグ(Open muskeg)という湖沼地帯であった。水分が多く、土壌がスポンジのように柔らかすぎるために、大きな木が育たない。成長しても倒れてしまうらしく、実際枯れた倒木も所々見受けられた。このような少し開けた見晴らしの良いところで、オオカミは昼の間よくくつろいでいることがあると言う。僕が見つけたオオカミの痕跡や、子鹿の死骸もこのような地帯の近くであったことを思い出した。オオカミがシカを狩るのも、森の中よりもオープンマスケグでの方が多いそうだ。この地域一体を歩いていると、確かにシカを頻繁に見る。シカも地面に生えたやわらかい草が食べやすいのだろう。このプリンスウェールズ島の森林分布地図というものもあって、それを見ると、黄色く色分けされているエリアが、このマスケグエリアを示している。

 今日見られなかったからと言って、残りの3日間をあきらめるわけにはいかない。。。確実にオオカミのテリトリーの中心には近づいている。それにしても、巣を見つけるということがここまで大変だとは思わなかった。まだまだ歩き回らなければならない。ここで見つけられずに、来年また訪れて見つけられるとは限らない。 















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